江戸から令和へ、日傘事情
この夏、日傘を差す男子学生やサラリーマンの姿が目立つようになった。日傘は従来、女性が持つイメージの強いアイテムであったように思う。ところが帽子や冷感グッズでこれまで暑さをしのいでいた男性たちが、その日傘を手に取り街中を行き交っているのだ。実際に、東京都内では年々猛暑日(最高気温35℃以上)の日数が増加しており、それに比例するかのように男性の日傘使用への関心も高まっている状況にある。
図:東京都の猛暑日日数と「日傘 メンズ」でのGoogle検索人気度*の推移
気象庁データ、Googleトレンドデータをもとに筆者作成
上のグラフは、東京都の猛暑日日数、ならびにGoogleで「日傘 メンズ」と検索された数に基づく人気度の相対的な推移を年ごとに示したものだが、2018年以降、男性の日傘への関心が急激に高まっていることが読み取れる。2018年は埼玉県熊谷市で国内観測史上最高となる41.1℃、東京都青梅市でも40.8℃を観測した年であり、関東を中心に記録的猛暑となった。2024年には栃木県佐野市で41.0℃、2025年には群馬県伊勢崎市で41.8℃と記録が更新され、関東各地でも次々に40℃超えの猛暑が観測されたことは記憶に新しい。コロナ禍による外出自粛の時期を除けば、高温の記録が更新されるたびに、男性の日傘への注目度が跳ね上がっているように思われる。
現に、男性向け美容皮膚科「メンズリゼ」が10~40代の男性600名を対象に実施した調査でも、「日傘をすでに使用している・今年から使用したい・前向きに検討中」と日傘使用をポジティブに捉えている男性は2025年時点で81.8%に上り、2023年の60.3%から大幅に増加したことが明らかになっている。
これは新たなトレンドのように思えるが、男性の日傘使用は実は新しい現象ではない。日本には昔から日傘文化があり、江戸時代中期には男女を問わず日傘を差すことが一種のブームになっていた記録も残っている。『御触書集成(おふれがきしゅうせい)』によれば、寛延2年(1749年)5月の江戸幕府の触書として「近來男女ニ不限、靑紙張之日傘指候者多ク相見候、人込等之場所ニテモ不宜、其上異様成者候間、不可然事ニ候、右体之儀御止候様可致旨申渡ス」とある。「最近は男女を問わず青い紙張りの日傘を差す者が多いが、人混みでは邪魔になり、見た目にも奇異であるため好ましくない、よって日傘を差すことを禁止する」という内容だ。しかしこの禁止令は徹底されず、翌寛延3年にも「昨年触れた日傘禁止が守られていないので、以後厳しくとがめる」と再度のお触れが出されている。庶民の間で日傘がいかに流行していたかがうかがえる。
「日傘は女性のもの」というステレオタイプは、諸説あるが、明治以降の西洋化に伴う美意識の変化や、それを機としたマーケティング、メディア展開により形成・強化されていったと考えられている。大正末期から昭和初期にかけて登場した「モガ(モダンガール)」たちは、洋装に日傘を合わせることで、近代的で洗練された女性像を演出したとされる。1930年、丸善は婦人層をターゲットに定め、「如何にも超時代的な美感快感」というコピーで日傘の販売を開始した。表地と裏張り布の色調を変えてデザインされた日傘はモダンだと好評を呼んだという。モガたちは広告や雑誌にも描かれたが、そのなかで日傘も女性ファッションの文脈に組み込まれていった。
McKenzieらの研究では「美容製品は女性のためのもの」という規範意識が、男性による日焼け止め使用を妨げていることが指摘されている。この背景には、女性的とされる行動や特徴を避けようとする男性性の規範的な考えがあるとされる。同様のことが日傘の使用にもいえる可能性があり、暑熱・紫外線対策として有効であるにもかかわらず、女性的とみなされることから男性が使用をためらう要因になっていると考えられる。
こうしたステレオタイプや規範意識は現在も残るものの、平成末期から令和にかけての猛暑の深刻化は、合理的な自己防衛のツールとして男性の日傘使用を復活させたといえる。2018年に閣議決定された「気候変動適応計画」では、暑熱による国民生活への影響が重大性・緊急性等が高いものとして位置づけられ、暑さ対策のひとつとして日傘の使用が明記された。ことし6月に文京区が発行した区報では、表紙に涼しげな表情で日傘を差す男性の写真が大きく掲載されるとともに、熱中症対策が呼びかけられている。また熱中症対策にとどまらず、美容への関心の高まりとともに、男性の間でも日焼けを避けたいという意識が強くなっており、日傘は広く健康・美容アイテムとして注目されるようになっている。
かくいう筆者自身も男性で、これまで折りたたみの雨傘で日陰を作ってしのぐことがありながら、本格的な日傘の導入には至っていなかった。しかし、今年ついに遮光・遮熱機能付きの日傘を手に入れ、日中の外出時に積極的に活用している。使い始めてまず感じたのは、直射日光が完全に遮られることによる体感温度の低さだ。渡邊慎一らの研究によれば、日傘を使うことにより全身の体感温度が1~2℃低下し、頭部の体感温度が4~9℃低減することが明らかになっている。その効果は雨傘でもある程度感じられたが、傘の内側に熱がこもりにくい点で、日傘ではより快適に過ごすことができる。まさに「動く日陰」としての効果は絶大で、炎天下でも疲労感少なく移動できるようになったのがありがたい。
筆者にとって日傘は今や手放せない夏の必需品となったが、同じような実感を持つ男性は確実に増えている。これからも厳しい暑さが続くとすれば、かつてのように、日傘は男女を問わずごく自然な夏の装備になっていくだろう。
【参考文献】
1)歴代全国ランキング|気象庁
https://www.data.jma.go.jp/stats/etrn/view/rankall.php
2)Google トレンド
https://trends.google.co.jp/trends/
3)【2025年・「男性日傘」調査 第4弾/男性600人へ聞く】“メンズ日傘” 暑さ対策で需要拡大 ~美容より「実用性」で支持され、 猛暑背景に利用者・好感度ともに大幅アップ(メンズリゼ調べ)~|PR TIMES
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000109.000020081.html
4)石元明『近世日本履物史の研究』雄山閣出版, 1963, 国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/9544374
5)第113回 江戸っ子と傘と日傘|小学館の辞書公式サイト「ことばのまど」
https://kotobanomado.jp/colimn/1169
6)日傘の普及、折り畳み傘の発明 ~モードづくりと実用性の追求~|丸善創業150周年記念誌『丸善の150年と12の方法 ~ Maruzen Meme & Methods ~』
https://yushodo.maruzen.co.jp/manabi_tsunagari/methods/methods-20/
7)広告あれこれ|本の万華鏡 第29回 めーきゃっぷ今昔 ―江戸から昭和の化粧文化―|国立国会図書館
https://www.ndl.go.jp/kaleido/entry/29/3.html
8)McKenzie, L. B., Merten, J. W., Bradford, A. G., & Roberts, C. J. (2018). Masculine norms and sunscreen use among adult men in the United States. Journal of the American Academy of Dermatology, 79(4), 714–720.
https://doi.org/10.1016/j.jaad.2018.11.053
9)気候変動適応計画/フォローアップ|環境省
https://www.env.go.jp/earth/earth/tekiou/page_00004.html
10)区報ぶんきょう|文京区
https://www.city.bunkyo.lg.jp/b003/p005992.html
11)渡邊慎一、冨田明美、長野和雄、石井仁. (2013–2016). 日傘による暑熱緩和効果の解明 [科学研究費助成事業(基盤研究(C))研究成果報告]. 大同大学. 科研費課題番号
https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-25350085/