悪い円安に警戒
4月15日午前の東京外国為替市場の円相場は一時1ドル=126円55銭近辺に下落した。同月13日につけた126円台前半の水準を突破し、再び2002年5月以来約20年ぶりの円安ドル高水準となった。
円安による代表的な経済的メリットは、日本からの輸出品価格が低下することによって、価格競争力が高まり需要増大が期待できること。一方、代表的なデメリットとしては、輸入品価格が上昇し、特にエネルギーや食糧、鉱物資源など必需性が高く海外への依存度が高い物資が高騰した場合、国内でインフレを招く危険性が高まることが挙げられる。製品原材料が高騰した場合は、円安であっても製造原価の上昇を販売価格に転嫁できなければ企業利益が減少する。
また、メリットをあまり享受できずにデメリットのほうが顕在化した場合、輸出拡大にならないばかりかインフレにつながることを意味し、景気後退とインフレが同時進行するスタグフレーションへの懸念が高まる。端的にいえば、“悪い円安”とはこのような現象のトリガーとなる円安のことである。
2000年代以降の日本では、それまで輸出の中心を担ってきた製造業が続々と生産拠点を海外に移転(直接投資)し、為替相場に左右されにくい取引構造が構築されたため、円安が進行しても輸出は増えにくい体質に変質している。GDP(国内総生産)に対する輸出額の割合をみると、1999年から2018年までの平均が約14.6%で、OECD加盟国36カ国中35番目と内需大国の米国の次に低い水準であり、輸出依存型経済というのは遠い過去の姿である。
対照的に、円安に伴うデメリットは顕在化しやすくなっている。長期的には2000年代前半の原油高局面以降、短期的にはロシアによるウクライナ侵攻以降、エネルギー価格の高騰を中心にマイナス影響が増幅している。所得増が期待薄のなかでインフレが加速すれば個人消費を中心とした内需の拡大にマイナス影響は必至であろう。また、新型コロナウイルスの収束時期が見通せない状況下、円安が続いてもしばらくはインバウンド需要の反転も期待できない。
さらに注目すべきは、現在の円安がエネルギー価格の高騰と同時に起こっている点である。エネルギーをはじめとする資源のほとんどを輸入に依存する日本は、資源価格の高騰によって消費者物価が上昇する前に交易条件の悪化を招きやすい。交易条件は輸出物価÷輸入物価の値で示され、輸入物価が輸出物価よりも上昇すると交易条件が悪化する。
そして、これを貿易による所得面からとらえる指標として交易利得(または損失)があり、交易利得は実質GDI(国内総所得:Gross Domestic Income)から実質GDPを差し引いて計算する。つまり、交易利得によって実質GDIが実質GDPを上回れば問題ないが、交易条件が悪化して交易損失になると、実質GDIが実質GDPを下回り、貿易で割り負けることを意味する。
交易損失は、企業が仕入価格の上昇を販売価格に転嫁できていないことを意味し、マクロ経済的にみると海外への所得流出と同義である。ちなみに、総じて値上げに慎重姿勢な日本企業は、仕入価格が上昇しても需要減退を恐れて販売価格への転嫁をちゅうちょしがちであり、交易損失を生み出しやすい。
交易条件が悪化する局面では、円安またはエネルギー価格高騰のいずれかが進んでいるというのが近年盛んになされる議論だが、現状のように円安とエネルギー高という2つの交易条件の悪化要因が同時進行しているのは、まさしく由々しき問題である。
鈴木俊一財務相兼金融担当相は15日の閣議後会見で、原材料価格の上昇が十分に転嫁できないことや賃金上昇が不十分な環境では、円安は「悪い円安ということが言えるのではないかと思っている」と述べた。
日銀の金融緩和姿勢維持の構えから、内外の金利差拡大を背景に円安圧力が高まる可能性があるのに加え、エネルギー価格はウクライナ情勢の不透明さとも相まって予測し難い状況である。今後も輸入物価の上昇や貿易収支の赤字基調が続き、金融市場において「円安が日本経済復調の足かせ」と認識されるようになったら、円が売り込まれてさらに円安を招く負のスパイラルへのリスクが顕在化する。日本経済は重大局面を迎えていると言えよう。