物価はどうなる?
私は即席麺が好きだ。特に「サッポロ一番」の味噌ラーメンがお気に入り。手頃な価格なので常に自宅にストックしているが、最近その価格が上がっている。「サッポロ一番」の製造元であるサンヨー食品株式会社は、6月1日に即席麺の価格改定を行ったが、その理由として「原材料価格の高騰に加えて、包装資材、エネルギー費、物流コストなど諸費用の上昇が続いている」ことを挙げている。農林水産省が8月16日に発表した「食品価格動向調査(加工食品)の調査結果」を見ても、6月の即席麺の価格は2020年の価格と比較して21.6%の増加となっている。
帝国データバンクの「『食品主要195社』価格改定動向調査」(7月31日発表)によると、即席麺を含め6月に値上げした食品の品目は3775品目におよぶ。2023年通年の値上げ品目数は、既に実施されたものや今後予定するものを含め、累計で3万710品目となり、2022年通年の2万5768品目を上回るとのことである。食品分野別に見ると、冷凍食品やカップ麺といった加工食品の価格改定数は1万1647品目と分野別で最多であり、1回あたりの値上げ率の平均も14%と最も高い数値となっている。
物価全体の動きを見ると、総務省が8月18日に公表した7月分の消費者物価指数について、変動の大きい生鮮食品を除く総合指数は前年同月比では3.1%の上昇で、上昇は23カ月連続となった。伸び率は6月の3.3%より減少したものの、日銀が掲げる物価目標である2%を上回る状況が続いている。
また8月8日に総務省より発表された「家計調査報告」によると、2人以上の世帯の6月の消費支出は実質で前年同月比4.2%減となり、マイナスは4カ月連続となった。物価の上昇に家計の消費マインドが追い付けず、値上げ疲れを引き起こし、節約志向が強まっているものと思われる。
それでは物価の伸びに対して賃金の伸びはどうか。物価上昇以上に賃金が増えていれば問題ないのだが、厚生労働省が8月8日に発表した6月の「毎月勤労統計調査」によると一人あたりの名目賃金(現金給与総額)は前年同月比2.3%の増であるものの、消費者物価指数の増加率がそれを上回っていることが影響し、実質賃金は前年同月比1.6%の減となっている。マイナスは15カ月連続。2023年の春季労使交渉の賃上げ率が約30年ぶりの高水準となったわりには実質賃金の上昇に結びついていない。
賃金上昇率について日銀は「経済・物価情勢の展望」の中で「景気回復の課程で労働需給は引き締まりが強まり、そのもとで賃金上昇は物価上昇も反映する形で基調的に高まっていき、雇用者所得は増加を続けると予想される」とし、「雇用者所得の増加に支えられて個人消費は増加を続けると考えられる」としているが、現状は実質賃金が前年同月比で減少し、それに伴って消費支出も前年同月比で減ってしまっている。
このしぶとい物価高はいつまで続くのか。その見通しについて、日銀は7月28日発表の「経済・物価情勢の展望」の中で、消費者物価指数の生鮮食品を除く総合指数の前年度比上昇率の見通しを2023年度について2.5%とし、前回4月時点の見通しより0.7ポイント上方修正した。同レポートではこの修正について「輸入物価上昇を起点とする価格転嫁が想定を上回って進んでいることなどから大幅に上振れている」と分析している。2024年度についても1.9%との見通しを立てているが、「上振れリスクの方が大きい」とし、物価上昇が長引くと見ている
一方で家計は今後の物価上昇をどのように見ているのか。日銀が7月12日に発表した家計を対象とした「生活意識に関するアンケート調査」によると、1年後の物価について「上がる」と予想した人の比率は86.3%で、1年後の物価上昇率の予想については10.5%(平均値)という結果となった。物価上昇が始まる前の2021年7月の調査結果と比較すると、「上がる」と予想した人の比率は66.8%から19.5ポイントの増、物価上昇率の予想については4.2%で6.3ポイントの増となっており、この2年間で家計のインフレに対する意識が大きく変化したことが読み取れる。
家計や企業のインフレ予想は今後のインフレ率を決定する重要なポイントである。東京大学の渡辺努教授はその著書である「物価とは何か」(2022年、講談社選書メチエ)の中で、このように述べている。
「『病は気から』ならぬ『景気は気から』と言われることがあります。
企業経営者や消費者が、景気は良いと思って強気で行動すれば、結果として景気が良くなる。
彼らが将来を悲観すると、支出が慎重になり景気も 悪くなる。つまり、景気を決めているのは人々の気の持ちようという意味です。
(中略)景気と同様に、物価についても、上がるにせよ、下がるにせよ、人々の予想(気の持ちよう)次第です。」
すなわち予想が物価を決めていると指摘している。
今後の物価の見通しだが、日銀の想定どおりに賃金の上昇を伴う形で2%の「物価安定の目標」を持続的・安定的に実現するという状況に変わっていくのかを注意深く見ていく必要がある。家計のインフレ予想は中央銀行の目標を上回る傾向があるとは言え、現状では家計は1年後の物価上昇率を10.5%と予想しており、今後のインフレ率が日銀の想定を上回る可能性もある。中央銀行がインフレの予想を見誤り、いったんインフレ率が上昇してしまうと、この1年半あまりのFRBの金融政策のように政策金利を一気に上げる必要があり、インフレを抑制する難易度は格段に高まる。その結果、景気が悪化しては元も子もなくなってしまう。インフレ率を上回る賃上げを実現し、実質賃金が伸びることで消費支出が増えるという好循環を実現できるかが鍵となる。
【参考文献】
・(ニュースリリース)サンヨー食品株式会社(2023年2月22日発表)
・食品価格動向調査(2023年8月16日農林水産省発表)
・「食品主要195社」価格改定動向調査(2023年7月31日帝国データバンク発表)
・消費者物価指数(2023年8月18日総務省発表)
・家計調査報告(2023年8月8日総務省発表)
・経済・物価情勢の展望(2023年7月28日日本銀行発表)
・生活意識に関するアンケート調査(2023年7月12日日本銀行発表)
・毎月勤労統計調査(2023年8月8日厚生労働省発表)
・渡辺努(2022年)「物価とは何か」(講談社選書メチエ)