読解力と忍耐力

2019年12月17日 / 主任研究員 若本 一三

 経済協力開発機構(OECD)は2019年12月3日、79か国・地域の15歳計約60万人を対象に2018年に実施した「国際学習到達度調査(PISA)」の結果を公表した。日本は「読解力」が15位(前回2015年は同8位)と大幅に順位を下げた。「数学的応用力」や「科学的応用力」の6位(前回5位)、5位(前回2位)に比べても、顕著に低い。
 デジタル大辞泉によると読解力とは「文章を読んで、その内容を理解する能力」とある。また、PISAでは読解力をより幅広く発展的に「自らの目標を達成し、自らの知識と可能性を発達させ、効果的に社会に参加するために、書かれたテキストを理解し、利用し、熟考する能力」と定義している。
 読解力と言うと、私自身は受験で国語の文章問題を読み解くことができず苦労した。時間に追われることを恐れ、問題の文章を読んでなぞるだけで設問に取り組んでいたため、要約せよとか、「このように」が指し示すものは何か、といった重要な問題で得点できなかった。思えば、人の話を理解するという点で、会話でのコミュニケーションにもマイナスに影響していたと思う。社会人になり、ゆっくりと小説などを読むようになって、一つ一つの文章の意味を理解することにつまずくことは少なくなり、話の筋もそれなりに追いかけることができるようになった。
 昨今のSNSでは短文投稿が主流である。読書時間が減り、新聞や雑誌の購読割合も減少している。15歳の皆さんの読解力の低下はこのあたりが一因だろう。読解力が下がると何が困るか。単に教科書やマニュアルが読み解けなくなるだけではない。PISAの定義にある「効果的に社会に参加する」ことができにくくなることが大きな問題となってくる。将来、AIなどのテクノロジーによって、人の仕事の代替が進んだとき、読解力のない人はやる仕事がなくなると言われている。(まさにこれに警鐘を鳴らす本がある。「AI vs. 教科書が読めない子どもたち」新井紀子著)
 2003年にもPISAの結果が悪化して「PISAショック」と言われ、学習内容を減らした「ゆとり教育」の見直しにつながった。読売新聞の社説では、今回の読解力低下に歯止めをかけるために、活字に触れること、文学に親しむ時間を確保すること、論理的思考力を養うことなどにより、他者への共感性や想像力を培う地道な取り組みを進めることを提言している。
 私の実感としては、唐突だが根本として忍耐力を養うことが読解力の向上に効果があると考える。ある程度の長い文章を読む際に途中で諦めない、書いてあることに対してなんとか自分の知識や経験と結び付けて食らいついていく、人の話を聞き漏らさず最後まで聞く。そうした努力の継続で読解力が養われ、社会にスムーズに参加できるようになり、将来会社では社会課題の解決に貢献できる、そんなうまい具合にはいかないだろうか。司馬遼太郎の「竜馬がゆく」には竜馬が自分を評して我慢だけが取りえだと書いてあったと記憶している。自分にとっても頭の痛い話である。