「こども本の森」で感じた「本と出会うリアルな場」の価値

2023年8月17日 / 研究員 六鹿 マリ

 「こども本の森」という施設をご存じだろうか。「こどもたちに多様な本を手にとってもらい、無限の創造力や好奇心を育んでほしい。自発的に本の中の言葉や感情、アイデアに触れ、世界には自分と違う人や暮らしが在ることを知ってほしい。※1」という思いでつくられた文化施設だ。こどものための図書館と言っていいだろう。2020年に大阪市の中之島に開館し、その後、岩手県遠野市、兵庫県神戸市と、全国3か所へ広がっている。「こども」と銘打ってはいるが、大人のみで入館することも可能だ。筆者は先日、この「こども本の森 中之島」を訪れた。
 混雑回避のため当面の間は事前予約による完全入れ替え制となっていて、来館者は90分の間自由に本を読むことができる。館内には椅子やソファが豊富にあり、読書に集中できる空間が広がっている。さらに、本棚の中に腰掛けるような形であつらえたスペースもあり、遊び心が感じられる。貸し出しは行なっていないが、天気が良い日には中之島公園に持ち出して読むことも可能だ。
 館内はやはり小さなこども連れが多く、読み聞かせをする声があちらこちらから聞こえる。程よい活気と落ち着きのある空間はとても居心地が良い。『しろくまちゃんのほっとけーき※2』や『ふたりはともだち※3』といった懐かしい絵本に夢中になっているうちに、時間があっという間に過ぎてしまった。

 館内では、大人の来館者が筆者と同じように童心に帰って絵本を眺めている姿も多く見受けられたが、実は「こども本の森」の蔵書はそれだけではない。中心となっているのは絵本や児童書だが、小説や自然科学書、芸術書、写真集といった幅広いジャンルも揃えている。これが、この施設の大きな特徴だ。ここでは、対象年齢に縛られすぎず、こどもにさまざまな本を手に取ってほしいという考えのもと、いわゆる「こども向け」ではない本も等しく提供している。
 「さまざまな本をこどもに」という思いは、独特なディスプレーの仕方からも見てとることができる。一般的な書店や図書館では、絵本、文庫、専門書といった本の種類ごとに棚が分かれ、著者の名前順などで整然と並べられていることが多い。しかし「こども本の森 中之島」では、例えば「自然とあそぼう」「動物が好きな人へ」「生きること/死ぬこと」といった、こどもの興味関心に寄り添った12のテーマごとの棚に、絵本も小説もノンフィクションも図鑑も、異なるジャンルの本たちが一緒に並べられている。これは近年、リアル書店の魅力を高める手段として注目されている「文脈棚※4」と捉えることができるだろう。この手法は、目的のものを検索するのではなく、膨大な蔵書の中から思いもかけない一冊を見つけることの面白さを教えてくれる。これはリアルな場で本を提供する施設にしかできないことだ。
 しかも、「こども本の森」では、館内全体の壁が床から天井まで本棚になっている。本に一面囲まれた、夢のような空間だ。紙の本ならではの魅力のひとつである、趣向を凝らした表紙がずらりと並んでいるのを眺め、興味を惹かれるままに手に取り読むことができる。このような体験もまた、リアルな場においてこそ可能なことだ。
 

   
  『こども本の森 中之島』館内の様子(筆者撮影)

 
 電子書籍が普及しネット書店が台頭するなか、街の書店や図書館は厳しい状況に置かれ、私たちが本に触れる機会は減少している。「こども本の森」はそのような状況を憂慮し、対象年齢にとらわれない選書、文脈棚、魅力的な本に囲まれ圧倒される体験、といった仕掛けを通じて、オンラインではなくリアルな場で、本を実際に手に取って読むことの楽しさを届けようとしている。公式HPでこどもに宛てたメッセージの中にある「がめんがうごかない、かみの本のみりょくにであってください。※5」という言葉からも、その思いは強く伝わってくる。

 本を読むことは、最も気軽に知的好奇心を満たすことができる、文化的な体験だ。「こども本の森 中之島」を訪れてみて、こどもにとっても、大人にとっても、「自由に本に触れ、選び、読むことのできるリアルな場」は必要だと、改めて実感した。同時に、街の魅力をかたちづくる要素のひとつである「文化度」を担保するうえでも、このような場を守っていくことが重要になると強く感じた。自分へのおすすめがAIによって勝手にはじき出され、偶然の出会いが少なくなっている今だからこそ、紙の本に触れる場の価値を改めて見直すべきではないか。

※1:「こども本の森 中之島」公式HP(https://kodomohonnomori.osaka/)より
※2:作:わかやまけん、もりひさし、わだよしおみ『しろくまちゃんのほっとけーき』(こぐま社)
※3:作:アーノルド・ローベル 訳:三木卓『ふたりはともだち』(文化出版局)
※4:ジャンル、形式にとらわれず、本のテーマや内容によって並べられた書店の陳列方法。
※5:「こども本の森 中之島」公式HP(https://kodomohonnomori.osaka/)より