「令和」の時代における「プロ野球」と「沿線ビジネス」のあり方 ~後編:東急グループにおける「球団」を活用したブランド価値向上策

2020年5月29日 / 研究員 高橋 孝太朗

 本稿の執筆段階(4月末)時点においても、新型コロナウィルスによる感染症(Covid-19)がもたらす社会問題は変わらず、先が見えない状況が続いている。

 そして、4月7日の緊急非常事態宣言を待つまでもなく、多くの経済的活動が中止、自粛、規模縮小を余儀なくされ、人々の暮らしにも影響がでている。その渦中にあってあらゆるエンターテイメント活動もまた同様であり、プロ野球の開幕時期についても延期が繰りかえされて、未だに見当がついていない。

 多くの人々と同様に私もまたこの状況が早く落ち着き、無観客試合での開幕となったとしても、画面を通して胸を熱くするようなプレーを再び見たいと切に願っている。

 さて、約一か月前の前回のコラムにおいて、私は「鉄道会社による球団経営が当該鉄道沿線にもたらす影響を加味したビジネスモデルは今なお有効」という意見を述べた。本稿では、その続編として東急グループによる球団経営が東急線沿線の「ブランド価値向上」に貢献するための施策案についての意見を述べたい。

 結論から述べると、東急グループとしては、埼玉西武ライオンズや阪神タイガースのように鉄道会社が球団を買収または傘下において直接経営に参画するのではなく、東急線沿線に球団の本拠地や関連する球団施設を誘致することで、集客効果を中心に東急線沿線の「ブランド価値向上」に寄与できると考える。

 実際、東急グループはかつて次世代の教育と集客を目論んで、日吉や大岡山などで大学を誘致している。これと同じように、ファンにとって訪れる目的となる「球団施設」を既存施設(場合によっては施設を開発して)に誘致するのである。

 プロ野球球団を誘致した事例として「北海道日本ハムファイターズ」を誘致した北広島市があげられる。北海道日本ハムファイターズは、現在札幌市が保有する札幌ドームを借用してこれを本拠地としているが、経営効率の観点から球場経営も自社で行うとともに、野球文化を地域に根付かせることも目的に、ボールパーク構想を打ち出し、その場所を北広島市に選定した。

 またその一環として、JR北海道は建築されるボールパークの側に新駅を開設する予定となっている。
 2018年度北海道日本ハムの札幌ドームでの観客動員数は年間約77万人であるため、札幌と新駅間を観戦者が往復した場合、(普通乗車券で片道450円と計算)JR北海道は約7億円の増収となる計算になる※1。なお、北広島市では本拠地移転による経済効果を年間150億円※2と見積もっている。

 一方、土地収用も含む初期投資や、本拠地での年間試合数や野球の試合以外の用途を念頭に開業後の施設運営を考慮すると経営上の負担が極めて大きく、北海道日本ハムファイターズと同様に新規で大規模なボールパークのような施設を建設することは難しい。

 しかしながら、比較的小規模なプロ野球の2軍施設や関連施設ならばどうであろうか。

 2軍施設や関連施設の誘致の事例では「福岡ソフトバンクホークス」があげられる。
福岡ソフトバンクホークスは、2016年度に2軍本拠地の移転を実施している。この移転先選定にあたり、九州の計34自治体が立候補した。その結果、福岡県筑後市が選定され「HAWKSベースボールパーク筑後」が開業した。

 筑後市が誘致に積極的だった理由として、街の活性化や人口流入、また持続的な関係人口増加を狙っていたことがあげられる。筑後市では、「選手と共に育つ街」をキーワードに、周辺自治体と共に野球関係のイベントなどを積極的に取り組んでおり、街のブランド価値向上策の一翼を担っている※3。

 観客席数が3000人程度の球場ながら、試合を見に筑後市に来る市外からの持続的な関係人口は1試合平均2000人程度(観客がの約80%)であり、関係人口増加の一定の効果が出ているといえる。
 
 これらの事例を踏まえ、東急線沿線で同様のモデルが実現できないかを検討したい。

 実は東急線沿線の周辺には他の私鉄沿線と比べて、既存のスポーツ施設や関連施設が多く立地しており、少し足を延ばせば神宮球場や横浜スタジアム等も立地している。また沿線内にも駒沢公園等の大きな公園がある他、大型のサッカースタジアム、バスケットリーグの会場にもなる大型の体育館も立地している。

 その中で、東急線沿線で「HAWKSベースボールパーク筑後」のような取り組みをする上で好適地なのは、川崎市中原区の「等々力緑地」になると考える。

 「等々力緑地」には、Jリーグ・川崎フロンターレが本拠地とする等々力競技場がある他にバスケ会場があり、さらに2020年秋に「等々力硬式野球場」が完成する。この野球場はプロ野球の2軍試合も実施出来る設備を整えており、2軍の練習施設としても申し分が無い施設となる予定である。

 行政等との調整も必要となるが、仮にこの球場に東京近郊のプロ野球球団の2軍施設を誘致できればサッカー・バスケに加えてプロ野球チームもこの地に集う事こととなり、『東急線沿線=スポーツチームの本拠地が多い=継続的に訪れたい場所・街=関係人口増=東急線沿線のブランド価値向上に寄与』というストーリーが成立すると考える。

 特にプロ野球の場合、2軍戦であってもサッカーやバスケットと比べて試合数が多く、練習も公開されている場合が多いので、試合観戦や練習観戦による持続的な交流人口=関係人口の定常的な増加が期待できる。そして、これに連動するように東横線や東急バスなどで一定の運賃収入の増加も見込むことができるのではないか。

 もちろん球団を誘致した場合、単に球場までの足(ハード面)を用意するだけではなく、物販などとも連携したコラボレーション企画や各種イベントの開催など(ソフト面)も積極的に実施することになる。過去にも東急グループは、プロ野球球団等との間で優勝セールのようなコラボイベントを実施してきていたが、これを東急グループ全体による定常的な取り組みとして実施していく必要がある。

 以上のように、ハード面・ソフト面から強固にプロ球団・チームを応援するとともに、集うファンを東急グループ全体でおもてなしすることにより、東急線沿線に展開する東急グループの施設の利用や、「東急線沿線に住みたい」という気持ちが醸成されることを期待したい。これらの一連の施策の展開により、東急線沿線の活性化につながり、プロ野球球団に集まるファンを中心とした定常的かつ持続的な交流人口=関係人口増加に伴う運賃収入増加の他、関連施設の収益増加、及びブランド価値の増加にも寄与するものだと考える。

※1:2019年8月21日 東洋経済オンライン記事を参照に計算
※2:2018年7月26日 日経新聞記事 より
※3:2016年2月13日、3月19日 東洋経済オンライン記事より