クリーニング料金の値上げに思う

2022年4月14日 / 主席研究員 米田 泰子

 3月半ば、いつも利用しているクリーニング店からハガキが届いた。「4月1日より原油をはじめとする製造原価の高騰などの為、クリーニング料金を改定」するとのお知らせだった。ホームページを確認すると、製造原価の高騰の他、人手不足を背景とする人件費や配送費の上昇もあり、料金の改定に踏み切ったとの説明があった。改定率(値上げ率)は平均して15%にのぼるという。今年に入ってから、冷凍食品などの食料品や、ティッシュペーパーなど日用品の値上げが相次いでいるが、クリーニングも例外ではなかった。「値上げの前に」と、急いでコートやジャケットなどの冬物をクリーニングに出したのはいうまでもない。
 冬物を整理しているなかで、以前に比べてクリーニングに出す衣類の数が少なくなっていることをあらためて実感した。新型コロナウイルスの蔓延をきっかけに在宅勤務が増え、クリーニングの必要なスーツやジャケットを着用する機会が減っているためだ。旅行や友人との外食が減って自宅で過ごすことが増えたこと、法事など親戚の集まりが減ったのも一因だ。こうした状況は、我が家に限ったことではないだろう。
クリーニングにかける費用がどう変化してきているのか、総務省が行っている家計調査の結果から確認してみた。クリーニングにあたる「洗濯代」の世帯当たり支出額の推移をみると、新型コロナウイルスの感染拡大以前から、「洗濯代」は大きく減少していたことに驚かされる。2001年に10,934円だった年間支出額は、2003年に9,958円と1万円を切り、リーマンショック後の2009年には8千円前後まで低下した。その後、東日本大震災が起きた2011年から7千円前後が続いていたが、2017年には約6千円、そして2020年には5千円を切り、2021年には4,220円にまで低下した。2001年から2021年にかけての20年間で、クリーニングに対する支出額は4割未満にまで低下していることが確認できる。

図 世帯当たり「洗濯代」年間支出額の推移

出所:総務省「家計調査年報」二人以上世帯対象

 クリーニングにかける費用がこんなにも低下してきているのはなぜか。この20年間のファッションに関連する出来事を振り返ってみると、2005年に環境省が「クールビズ」を発表し、ビジネスウエアの軽装化が始まった。2008年頃からは日本に初出店した「H&M」や「ユニクロ」などファストファッションが大きく流行、さらに2009年には「AOKI」や「洋服の青山」といったスーツ専門店が「洗えるスーツ」を発売した。またアイロンがけ不要のノーアイロンシャツの人気が高まるなど、クリーニングに出す必要のない衣類が普及していったことが大きいといえる。その後も、2011年の東日本大震災の影響で、電力需要を抑えるために「スーパークールビズ」が推奨され、夏の軽装化がさらに進んできた。そして新型コロナウイルス感染拡大による在宅勤務の浸透や外出の抑制が、こうした流れに拍車をかけた形といえる。
 生活者の意識の観点でみると、コロナ禍を経て生活者の衛生意識が高まるなかでは、「自分で洗える」ことに対するニーズが高まっているとも考えられる。「ドライクリーニング指定」の衣類が洗える洗剤の充実や、衣類の種類によって洗い方が様々に選べるなど洗濯機機能の進化も後押しして、自宅で洗う人が増えているのではないか。また一方では、街中でのコインランドリーの充実も目覚ましい。大容量の機種では、家で洗いづらい羽毛布団や厚手のカーテンなどの洗濯・乾燥も可能である。洗いあがりまでの待ち時間を過ごせるようカフェが併設されている場所もあるようだ。こうしてみると、クリーニング業界への逆風がますます強まっていると感じられる。
 しかしながら、生活者の意識の変化によって、クリーニング業界に良い影響がもたらされる可能性もある。サステナブル(持続可能性)に対する意識が、若い世代を中心に高まってきているという。頻繁に洋服を買い替えるのではなく、愛着のあるモノを長く使うといったライフスタイルが、今後さらに定着してくるのではないか。その結果、クリーニングとあわせて衣類のほつれや破れを修繕するといったサービスへのニーズが高まる可能性もある。「クリーニング」を、衣類を長く保つ「メンテナンス」ととらえなおすと、新たな市場も広がりそうだ。クリーニング料金の値上げに、物思うこの頃である。