ジョブ・クラフティングが促す人材の自律化

2022年8月3日 / 主席研究員 野崎 由香理

 新型コロナウイルス感染症の影響が長期化するなかで、雇用のあり方と企業が求める人材像は確実に変化を遂げている。
 雇用のあり方として注目されるのが、人材シェアの動きである。新型コロナウイルス感染症拡大第1波(2020年3月~6月)の時期は、世界各地で移動制限が行われ、外出可能な労働先は生活の根幹を支えるエッセンシャル・サービス(ライフライン)に限定された。この時期に増加したのが、休業によって余剰人員を抱えた産業と、需要拡大で人手不足に陥った産業・団体とのマッチングである。具体的には、航空・宿泊・外食から物流・食品小売・介護施設・農業・自治体へ出向・派遣する動きが相次いで報道された。大手外食のワタミは、休業中の外食店舗に勤務する従業員(パート・アルバイト含)に派遣・出向先を提供するための人材派遣会社を設立している。
 人材シェアの動きは、労働市場の一時的な需給調整にとどまらない。コロナ前から、働き方改革において進められていた副業・兼業の動きもまた加速している。厚生労働省は2018年1月、モデル就業規則の改定において副業・兼業を容認するとともに「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を策定した。同ガイドラインは今年7月に改定され、企業の副業・兼業への対応に関する情報公開を推奨している。
 私たちの働き方は今後、さらに多様化するだろう。ワーケーションで滞在先の地域の課題解決に貢献したり、医療分野で検討されているタスクシェア、タスクシフトがより一般化したりする未来が容易に想像できる。

 このような社会において、企業が求める人材像のひとつが「自律型人材」である。自律型人材の要件は企業によって異なるが、いわゆる「指示待ち社員」の対比語として使用される。「自分の意思で考え、主体的に業務を遂行する人材」というのが、おおよそ意図するところであるが、この「自ら考え、行動する」というシンプルな要件は、いまに始まった話ではない。しかし新型コロナウイルス感染症の拡大は、予測不能な環境変化のスピードを加速し、雇用のあり方や働き方に強いインパクトを与えた。これまである程度固定化されていた仕事の内容や働く時間、働く場所は、人材シェアやリモートワークなどの影響によって大きく変化し、今後は時間と場所を共有しなくても意図的にコミュニケーションを図りながら成果をあげる人材が求められるようになるだろう。

 企業は「自律型人材」をどのようにして育成できるだろうか。そのヒントとなるのがジョブ・クラフティングである。ジョブ・クラフティングは、2001年に米国の経営学研究者エイミー・レズネスキーとジェーン・E・ダットンによって提唱された概念である。クラフトがもつ意味(手芸品、工芸品、民芸品)から想像できるように、ジョブ・クラフティングには、職人がやるように手作り感をもって仕事をするという意味が込められている。ジョブ・クラフティングのオリジナルの定義は、「個人が自らの仕事のタスク境界もしくは関係的境界においてなす物理的および認知的変化」であるが、より分かりやすく解釈すると、「働く一人ひとりが、自らの仕事経験を自分にとってよりよいものにするために、主体的に仕事や職場の人間関係に変化を加えていくプロセス」となる。

 ジョブ・クラフティングは①タスク境界のクラフティング、②関係的境界のクラフティング、③認知的クラフティングの3種類によって構成されている。
 タスク境界のクラフティングとは、自分が任されているタスクの内容や手順を自分なりに見直したり、自分の得意分野を活かして工夫したりすることである。
 関係的境界のクラフティングとは、仕事相手と積極的に関わりをもったり、相手の状況を把握して便宜を図ったりするなど、人との関係性の量や質を変化させることである。
 認知的クラフティングは、仕事に関わるものの見方を変えることである。他の2つが物理的変化であるのに対して、認知的クラフティングは、仕事のとらえ方を自ら変化させるという認知レベルの変化を指す。レズネスキーとダットンが大学病院の清掃スタッフに行ったインタビュー調査によると、自分の仕事をマニュアル通りの掃除だけと認知している人もいれば、自分の職業はヒーラー(治癒力を高める人)であると認知している人もいたという。同じ清掃の仕事でも前者と後者では仕事の取り組み姿勢や、その結果は大きく異なるだろう。

 ジョブ・クラフティングは、厳格なマニュアル業務でも実践可能ではあるが、自由裁量の大きい職務のほうが働き手の自律欲求は高まる。さらに職場が自律的な仕事の仕方をサポートしているかどうかで、促進度合いは影響を受ける。企業がジョブ・クラフティングに注目するとき、まずは自律性の高い職務設計となっているか、職場のマネジャーは部下に自律的な職務遂行を促しているかという自社のコンディションを確認することが肝要である。

*参考文献・資料
1.高尾義明(2021)「『ジョブ・クラフティング』で始めよう 働きがい改革・自分発!」日本生産性本部 生産性労働情報センター
2.SankeiBiz(2020.11.03)「雇用シェアは『日本の企業風土に合っている』航空→自治体 外食→介護」
3.プレスリリース・ニュースリリースPR TIMES(2020.05.20)「ワタミ人材派遣会社を設立」