久留米はんてんを羽織る

2022年1月31日 / 副主任研究員 汪 永香

 寒い日が続いているが、我が家は暖かい。久留米はんてんのおかげだ。
 昨年11月、恩師の誕生日プレゼントに何を選ぶか迷っていたところ、知人から“はんてん”を勧められた。はんてんという言葉が初耳だったが、いろいろ調べた結果、昔ながらの本格手作り綿入れはんてん、久留米はんてんにたどり着いた。
 私が気に入った製品は、綿100%のもので、見た目が上品で、値段も手が届く範囲だった。メーカーの通販サイトを通じてお届けしたところ、軽くて暖かくておしゃれだと、とても喜んでもらえた。恩師が子どものころ、お母上がはんてんをよく縫っていたとのことで、はんてんは母親のぬくもりを思い出させる懐かしい品だという。

 恩師の喜ぶ様子に触れ、また「テレワークに重宝している」というほかの購入者のコメントを見て、私も自宅でテレワークをするときの体の冷えを改善するために、久留米はんてんが欲しくなった。早速、女性用を探すと、モダンな北欧風やレトロな椿の花柄など、若い世代にも好まれそうな、おしゃれでかわいいデザインが多く、見ているだけでも楽しい。
 迷ったすえ、美しい花鳥をあしらった和風柄を選んだ。羽織ると、暖かくて気持ちが良く、木綿のやさしさが伝わってくる。とても気に入り、仕事をしている間だけではなく、日中ずっと羽織っていることが多い。かわいい子ども用も見つかり、買ったところ、子どもも好んで羽織っている。
  
 はんてんについて調べてみると、江戸時代に羽織を着られなかった庶民がその代わりとして着るようになったのがはじまりだ。用途は、羽織が礼装であるのに対し、はんてんは作業着だ。特に屋号や紋などが入っているものを印半纏(しるしばんてん)と呼び、戦後も広く着用されていた。
 はんてんと混同しやすい法被(はっぴ)も、江戸時代に生まれた羽織ものの一種だが、法被が武士の羽織を起源としている一方、はんてんは庶民の防寒着として生まれた。法被は裏地がない単衣(ひとえ)で作られているが、はんてんは保温性が重視され、裏地付きの袷(あわせ)で作られている。より防寒性を重視し、2枚の生地の間に綿を入れたのが綿入れはんてんだ。

 綿入れはんてんは、関西地方で丹前(たんぜん)、関東地方で褞袍(どてら)といったように地方により呼び名が異なる。江戸時代後期から庶民の日常着となっているそうだ。(ちなみに「ちゃんちゃんこ」は袖のない綿入れの羽織をいう)
 この綿入れはんてんの本流は、1800年ごろからの九州・久留米地方の伝統工芸である「久留米絣(くるめがすり)」を使用した久留米はんてんといわれている。
 平成の初期には、久留米はんてんの生産量が年間250万枚を超え、綿入れはんてん市場をほぼ独占するほどだったようだ。その後、中国産の輸入品や、フリースやダウンジャケットなどの防寒着の浸透で生産量は減っていたが、最近、おしゃれに進化した久留米はんてんは若い世代にも見直されて生産量を再び増やし始めているという。

 久留米はんてんメーカーのHPをみると、品質やデザインへのこだわりが素晴らしいものであり、作られている製品は、老若男女に愛されそうなものだ。
 例えば、大正二年創業の宮田織物株式会社は、伝統とこだわりを持った3ブランドの綿入れはんてんを市場に投入している。具体的に紹介すると、「継承シリーズ」は従来の伝統を守りつつ、継承している昔ながらのもの、「和モダンシリーズ」は従来のはんてんの良さを残しつつも、現代に合わせ進化させたもの、そして「粋シリーズ」は生地の柄、柄行きや配置、中綿、全てにこだわり、旧来のイメージを覆す、おしゃれで外でも着たくなる綿入れはんてんである。
 このように、久留米はんてんは室内用防寒着という機能にとどまらず、芸術品の域にあると考えられ、まさに日本のものづくりの素晴らしさを物語っているように思う。

 ところで、東急総合研究所が行った調査(注1)によると、自宅でテレワークを実施している人が働く人の3割に達しており、これからも定着する見通しだ。
 この自宅でのテレワーク(在宅勤務)については、さまざまな問題が指摘されているが、その一つが「冷え」といわれている。養命酒製造株式会社が実施した調査(注2)によると、自宅でテレワークを実施している人の 6 割強が「テレワーク中にからだの冷えを感じる」と答えている。その上で、自宅でのテレワーク中の寒さ対策として「温かい飲み物」「エアコン」「ブランケット・ひざ掛け」が上位に列挙される。また、およそ7 割が「テレワークによる光熱費の上昇」を心配しているようだ。
 上記の点を踏まえると、伝統的な防寒着である久留米はんてんは、環境にも家計にもやさしいことから、潜在ニーズが高いと思われる。

 コロナ禍で世界経済が冷え込み、日本も例外ではない。しかし、日本には、職人たちが自分の仕事に誇りをもって、決して妥協せず最後までこだわり抜くものづくりの姿勢が各地、各業界で息づいている。その底力が日本をコロナ禍の打撃から救いだし、明るい未来に導いてくれると思う。
 久留米はんてんのような、地方の価値ある商品、すなわち「宝」を発掘し、プロデュースすることは小売の原点であり、地方創生ひいては日本経済全体にも貢献すると考えられる。
 コロナ禍に疲弊している今こそ、これらの「宝」を官民一体となって、大切にいかしていくタイミングではないかと思う。

 今日も外は冷えているが、私は久留米はんてんを羽織って、心身ともにぽかぽかだ。

注1:「生活者のライフスタイル(行動・意識)に関する調査」(東急総合研究所)
    渋谷30km圏(東京・神奈川)20-74歳男女8,298人、2021年11月実施
注2:「テレワーク時の冷えに関する調査 2021」(養命酒製造株式会社)
   一都三県、現在自宅でテレワークを行っている20 -59 歳のビジネスパーソン 1,000 人、2021年2月実施
  (https://www.yomeishu.co.jp/health/survey/pdf/20210209_hie_telework.pdf)