医療的アプローチに学ぶ

2018年6月15日 / 主任研究員 野崎 由香理

 対話をベースとした医療的アプローチが、対人支援の場において広く注目を集めている。先日行われたオープンダイアローグ・ネットワーク・ジャパンの総会イベントでは、医療・福祉以外にも法曹・教育関係者、企業の人事担当者、経営コンサルタントなどが全国から集まり、多様な対話の実践が共有された。

オープンダイアローグとは何か

 オープンダイアローグ(OD)は、主に統合失調症の急性期の患者を対象にした精神療法であり、発祥の地フィンランドでは1980年代前半から公的医療として提供されている。
 ODは、初回の連絡から24時間以内に治療チームを立ち上げ、(患者の)家族にとってなじみのある場所を選んでもらい、ミーティングを開く。治療チームは患者および患者の関係者のいないところで(つまりスタッフだけで)は、問題について話さないし、どのような意思決定も行わない。問題の診断、治療計画、意思決定はすべて、患者本人、患者が社会生活で関わりを持つ人、関係している行政や学校などの責任者を含む、開かれたミーティングにおいて行われる。治療の核になるのは、治療ミーティングにおける会話である。
 このようなアプローチは、これまで一部の医療者が行き詰まりを感じていた統合失調症ケアに対する“不自然さ”(強制入院)や“理不尽さ”(患者の妄想・幻覚などの体験を医療者は聞き入れない)を解消しただけではない。2年後の予後調査の再発率は24%(通常の治療を受けた患者群は71%)と驚くべき成果をあげている。

7つの原則

 ODがなぜ医療以外の分野で注目されるのか。ODの7つの原則から想像できるかもしれない。

 1.Immediate help(即時対応):必要に応じてただちに対応する
 2.A social networks perspective(社会的ネットワークの視点を持つ):クライアント、家族、つながりのある人々を皆、治療ミーティングに招く
 3.Flexibility and mobility(柔軟性と機動性):その時々のニーズに合わせて、どこででも、何にでも柔軟に対応する
 4.Team’s responsibility(責任を持つこと):治療チームは必要な支援全体に責任を持って関わる
                      (他機関の支援が必要なときはクライアントをまわすのではなく、治療チームが出かけるなど)
 5.Psychological continuity(心理的連続性):クライアントをよく知っている同じ治療チームが、最初からずっと続けて対応する
 6.Tolerance of uncertainty(不確実性に耐える):答えのない不確かな状況に耐える
 7.Dialogism(対話主義):対話を続けることを目的とし、多様な声に耳を傾け続ける

 オープンダイアローグ・ネットワーク・ジャパン『オープンダイアローグ対話実践のガイドライン』

 1~5はODを可能にする精神医療システムの原則であり、6と7はODにおける対話実践の思想である。これらのシステムと思想が、学校の授業のあり方、会社の会議のあり方、裁判員裁判、国会審議などあらゆる会話の場面において援用されたとしたら、どれほどポジティブな世界が広がるだろうか。ODがあらゆる対人支援に関わる者を魅了してやまない理由がここにある。

権威から科学、そして対話へ

 医療実践の連続的変遷は、専門家とクライアントとの関係を考える上で示唆に富んでいる。まず権威主義的な医療は批判され、「科学的な」アプローチ(evidence based medicine: EBM)が採用された。しかしEBMは手段化し、科学的な根拠を示すことに目的が向けられ、患者との衝突など問題が生じるようになった。そこから生まれたのがナラティブ・ベイスド・メディスン(NBM)である。NBMは、医療者が患者との対話を通じて、患者にとって意味のある医療を科学的な根拠に基づいて提供する医療アプローチである。
 OD創始者のJ・セイックラは次のような実例を示している。コンサルタントとして招かれたミーティングの終わりに、患者の母親から「他の専門家とは違って、あなたはとても普通の感じだったから、楽になった」と言われた。ミーティング後の4カ月間、患者の疾患は1度も再発することなく、1年後のフォローアップで、「あのミーティングは人生のなかでもっともパワフルなもののひとつだった」と患者自身が語った。
 翻って企業のコンサルタントとクライアントは、どのような関係がありえるだろうか。エドガー・H・シャイン*が1969年に提唱したのが「プロセス・コンサルテーション(PC)」である。PCが示すコンサルタント像は、クライアント自身による問題解決のプロセスを支援する“プロセス促進者”であり、“内容に介入する専門家”と区別される。そこには「人にできるのは、人間システムが自らを助けようとするのを支援することだけ」というシャインの哲学が通底している。
 専門家とは何か、コンサルタントはどのような支援関係を築くべきなのか、改めて考えさせられる。

*エドガー・H・シャイン
組織文化やキャリアアンカーの概念を生み出した組織心理学者。MITスローン経営大学院名誉教授。

※参考文献
斎藤環(2015)『オープンダイアローグとは何か』医学書院
Seikkula & Trimble (2005): Healing Elements of Therapeutic Conversation: Dialogue as an Embodiment of Love. Family Process 44, 461-475.(久野恵理訳)ODNJP総会記念イベント分科会資料