地名で見る関東近郊の地形

2022年5月16日 / 研究員 杉田 渓

 地名というものに思いを致すことはあるだろうか。日々、書類やネット上の入力フォーム等に住所を記入することはあったとしても、そこに書かれている地名を意識することは少ないのではないだろうか。地名はその場所の性質や歴史を示すものでもあり、その周辺の地形や、神社仏閣等昔から続く文化などを示すことが多い。本稿で地名と地形の関係に着目してみたい。

 筆者が勤務する東急総合研究所の所在地であり、東急グループの事業拠点のひとつである渋谷は、その名の通り谷地形となっている。それだけでなく渋谷周辺の地名には道玄坂、桜丘、南平台など、他にも地形を連想させる地名がいくつか存在する。しかし、そのような場所はおそらく渋谷以外にもあるだろう。地名をある程度地形により分類し可視化すれば、渋谷周辺だけでなく23区やさらに広範囲で地名として表出している地形の特徴が分かるかもしれない。

 そこで、以下に示した表1の分類に基づき、地形にまつわる町字の名称に着目し、その可視化を試みた。町字のデータについては、国勢調査にも用いられている町字境界データを使用した。地形区分としては、およその傾向を把握するため、「台地」、「谷地」、「水辺」、「平地」の4種類とした。ここでいう「台地」や「谷地」は、地形の起伏のある場所を示し、「平地」は地形の起伏が少ない場所を示している。また、「水辺」は河川や海辺など、水に関連する場所を示している。

表1 地名に含まれる漢字による地形分類

 まず渋谷駅周辺を示したのが以下の図1である。なお、表1で示した4種の区分のうち、複数の分類を含む地名(南平台町等)については全ての図において色が混ざった状態で表示されている。

図1 渋谷周辺における、地名に含まれる漢字による地形分類図

※国勢調査にも用いられている町字境界データより筆者作成
※背景地図にOpenStreetMapを使用

 4種類全てがそろっており、地名から見ても起伏に富んでいそうなことが読み取れる。「谷地」は渋谷1~4丁目、「台地」は桜丘町や道玄坂1、2丁目、「水辺」は宇田川町や神泉町、「平地」は南平台町(「台地」でもある)などが該当している。渋谷駅付近は「谷地」を、南西部と北東部が「台地」を示しており、渋谷はおよそ南北に続く谷地形であることが、地名からもうかがえる。
 次に、少し範囲を広げ、23区及びその周辺を見てみることとする。図2の赤線内が23区である。

図2 23区およびその周辺における、地名に含まれる漢字による地形分類図

※国勢調査にも用いられている町字境界データより筆者作成
※背景地図にOpenStreetMapを使用

 23区の西側では「台地」や「谷地」を示す地名が広く分布しているが、東側の江東区や葛飾区、江戸川区、足立区にはほとんど存在しないことが分かる。実際、この辺りは海抜0メートル地帯でもあり、台地が存在しないことから、地名の分布がある程度その場所の地形を示していると判断して良さそうだ。また、東京湾岸ではやはり「水辺」に関する地名が広く分布していることがうかがえる。
 さらに範囲を広げ、およそ関東近郊を示す範囲を見てみよう。一都三県と茨城県南部を示したのが図3である。

図3 関東近郊における、地名に含まれる漢字による地形分類図

※国勢調査にも用いられている町字境界データより筆者作成
※背景地図にOpenStreetMapを使用

 総じてモザイク模様の印象ではあるが、平野部では4種類いずれも幅広く分布していることが分かる。関東平野と言いながら、実際には、のっぺりとした平坦な土地が続いているのではなく、ある程度の地形の起伏がどこにでもあるということを示していると考えてよさそうだ。また、埼玉県・東京都西側の山地のあるエリアでは「台地」ではなく「水辺」を示す地名が多いことも興味深い。これは、山地が険しくなると、「台地」のような地形よりも、峡谷・渓谷や、水源・源流・渓流、湖などが増えることに起因するようにも考えられる。

 個々の地名の由来をつぶさに調べないことには分からないが、こうして、地形に由来すると考えられる地名が、まだら状に存在することを考えると、地名は、人々が生活するなかで意図的に付けられてきたと推察できる。関東平野は、日本の多くを占める急峻な山地と比較すると確かに平たいが、実生活のうえでは、山あり、谷あり、水辺あり、野原ありの、バラエティに富んだ地形のように映り、実際にその地形を活かして生活を営んできたのだろう。災害に見舞われやすいなど、住むのに適さない場所を地名で表現することで命を守ってきたとも聞く。
 現在では宅地造成等による地名の変更や行政区分の都合等により、地名が必ずしもその場所の地形を表すとは限らないケースもあると思われるが、それでもある程度実際の地形の特徴をとらえていると考えてよいだろう。

 一方、現代社会のなかで、地名をあまり意識しない理由としては、都市生活の営みが個々の細かい地形より、建築物や土木構造物などを含めた都市構造により規定されてしまい、生活における自然地形の重要性が低下してしまったことによるものと考えられる。
 本稿執筆中、そんなことを思っていると、なにか一抹の寂しさを感じてしまった。街歩きするときには、電柱や壁に表示されている地名にも関心を向け、そこから読み取れるさまざまな情報や物語にも想像を働かせてみようと思う。