地球温暖化対策のもう一つの課題

2022年1月7日 / 主席研究員 丸山 秀樹

 地球温暖化への対処策として、今一番脚光を浴びているのは脱炭素であろう。そして、世界中の国や自治体、企業や個人の活動を含め、脱炭素のために化石燃料等を使用せずに再生可能エネルギーに置き換える動きが活発化している。
 ただし、これによって本当に温暖化を抑止できるのか、疑問の声を上げる科学者は少なくはないという。もちろん、脱炭素が有力手段であることは間違いないが、それに劣らず課題視されるべきなのが世界人口の増加だと言われている。
 国連人口基金(UNFPA)が2021年4月に発表した「世界人口白書2021(The State of World Population 2021)」によると、2021年の世界人口は78億7500万人で、前年に比べ8000万人増加したと報告している。また、国連「世界人口予測2019(World Population Prospects 2019)」では、 2030年に85億人、2050年には97億人、2100年には109億人に達すると予測している。

 日本の現状をみれば、人口減少が大きな社会問題になっているが、逆に世界の人口はインドやアフリカなどを中心にしばらく増え続け、食糧難やそれによる飢餓が懸念されるとともに、生産や消費等ヒトの活動量の増加によって、温室効果ガスの排出量が増加する恐れが指摘されているのである。人口増が単純に温室効果ガス増となるばかりでなく、食糧難を回避するために森林などを開墾して農地に転用するならば、温室効果ガスの中でも影響量の大きい二酸化炭素の吸収効果が損なわれることになる。
 しかし、科学者以外で人口増加による温室効果ガス増について警告を発し、対処策などを提案する例は極めて少ない。それは翻せば人口抑制策であり、人為的に出生率を抑える、さらにはヒトの寿命をもコントロールするなどと言えば人権問題にも発展し、人口が増えなければ経済発展にも大きな影響が及ぶなどと、非難されることが容易に想像できるからである。
 ちなみに、経済学史から見ると、地球環境を守るための理論には2つの系譜があり、1つは19世紀初めの経済学者、トマス・ロバート・マルサス*が提唱した「抑制」の考え方である。マルサスは、著書の「人口論」において人口増加とそれに伴う食糧不足による貧困と破滅というシナリオを描き、これを防ぐために人口の抑制を説いたことから、大きな議論を巻き起こしたという。
 もう1つは、経済成長の要因として技術進歩の重要性を説いた、ロバート・マートン・ソロー*に代表される理論である。ソロー主義者からすれば、地球環境の危機は「イノベーション」で乗り越えられるという。例えば、少ない耕地から大量の食糧を産出する技術、少ないエネルギーで大量の製品を製造する技術など、つまり、生産性の飛躍的向上がここでいうイノベーションに該当しよう。
 前者が古典的な理論であることや、昨今の急速なテクノロジー進化などから勘案すれば、後者の理論がより多くの支持を得て、国際機関や各国では環境政策と経済成長の両立を図りながら、地球温暖化対策が進められると思われる。しかし、世界の人口増加は待ったなしの状況である。温暖化による気候変動も世界各地で顕在化している。
 日本をはじめ先進諸国では、人口が減少または緩やかな増加にとどまるので、自国内の問題として人口増加が課題視されることはほとんどない。しかし、テクノロジーによるイノベーションが追いつかない場合は、前者の理論も現実化する可能性が十分にあるとみて議論するのが、グローバル視点での危機管理の在り方ではないだろうか。そして、マルサスの「人口論」は現在の時代背景とは異なる状況下での仮説ではあるが、今日へも重要な一石を投じている。

*トマス・ロバート・マルサス(Thomas Robert Malthus、1766年~1834年)
イギリスを代表する古典派経済学者。1798年に『人口論』を著し、この中で「幾何級数的に増加する人口と算術級数的に増加する食糧の差により人口過剰、すなわち貧困が発生する。これは必然であり、社会制度の改良では回避され得ない」とする見解(「マルサスの罠」)を提唱。
『人口論』第2版を1803年に出版し、産児制限で最貧困層を救おうとする考えを説いたことから「マルサス主義」ともいわれるようになった。以後、1826年の第六版まで増補。ダーウィンによる「進化論」の展開にも影響を与えた。

*ロバート・マートン・ソロー(Robert Merton Solow、1924年~ )
1949年以降、マサチューセッツ工科大学経済学部教授として、ポール・サミュエルソンらと共に、戦後の経済学の主流を築く。1987年にノーベル経済学賞を受賞。
経済成長に関するソローモデルは、経済成長の決定要因をインプット(労働と資本)と技術進歩の二つに分けて示した。このモデルによって、アメリカの労働者一人当たりが産出する経済成長のうち、約5分の4は技術進歩にその原因を帰すると算出した。

【参考文献】
The State of World Population 2021
World Population Prospects 2019
DIAMOND Harvard Business Review 04/2013 「地球を救う2つの理論」