将棋・チェスのAIソフトとの関わりから考察する、生成AI時代における人間の価値

2025年5月28日 / 研究員 杉田 渓

 OpenAIがChatGPTをリリースしてから約2年半が経過し、生成AIは目覚ましい進化を遂げてきた。それに伴い、日常の仕事にも少しずつ影響が現れ始めている。このまま進化が進めば、仕事において人間が果たす役割はあるのか――そんな不安を抱く者も少なくないだろう。
 もちろん、この問いに対して明確な回答を出すことは難しいが、ヒントを得ることはできる。ご存じの方も多いと思うが、生成AIが登場する以前からAIと深く向き合ってきた領域がある。それが将棋・チェス・囲碁といったボードゲームの世界である。
 そこで、筆者が趣味として親しんできた将棋・チェスにおけるAIとの関わりを振り返りながら、生成AIが高度に発達した未来においてもなお残る「人間の価値」について考察してみたい。

 将棋とチェスはいずれも2人で行うゲームであり、自分の駒を活用して相手の王(キング)を追い詰めることを目的とする。また、お互いの手の内がすべて見えており、運の要素が介在しない「二人零和有限確定完全情報ゲーム」に分類される。そのためコンピュータとの相性が良く、早くからAIの導入が試みられてきた。
 将棋AIの歴史は1974年、世界初の将棋AIが誕生したところから始まる。当時は初心者レベルの棋力であった(※1)が、徐々に強化が進み、2005年には“TACOS”という将棋AIが現役プロ棋士の橋本五段と対局し、橋本五段が勝利したものの、接戦であった(※2)。これは将棋ファンに強い印象を残した。2007年には当時トッププロの一角であった渡辺明竜王が“Bonanza”と対局し、辛くも勝利したが、こちらも大接戦であった(※3)。そして2017年、名人の佐藤天彦氏が“PONANZA”と2番勝負を行い、二連敗を喫した(※1)。AIがプロの頂点に立つ棋士を上回ったと広く認識される転換点となった。その後も将棋AIは進化を続けており、現在ではトッププロであっても勝利することは極めて困難だと言われている。
 チェスとAIの歴史については、よくまとまっているブログ(※4)があったため、こちらから主な出来事を整理した。チェスAIの歴史は将棋AIよりさらに古く、1950年頃からコンピュータによる解析が始まっていた。1967年には“Mac Hack”が中級者以上の人間に勝利し、1997年にはIBMの“Deep Blue”が当時の世界チャンピオン、ガルリ・カスパロフを破った。この出来事は、チェスに詳しくない者にも強い印象を与えた。そして現在の チェスAIはさらに強化されている。現時点で世界最強と言われるマグヌス・カールセンですら、現在のチェスAIには歯が立たないと言われている。チェスの強さについては、AIの実力は完全に人間を上回っていると言ってよい。

 将棋・チェスはどちらも、最後に勝利・敗北・引き分け(チェスの場合)と明確な結果が残る。AIがあまりに強くなったことで、人間がプレイする意味は失われ、競技そのものが衰退するのではないかという懸念が一時期語られた。しかし2025年現在から見れば、むしろ将棋・チェスはAIの登場によってさらに盛んになっているように思える。その理由は、AIの活用による上達支援と、観戦のハードルが下がったことの2点にあると考えている。
 一点目について、今や将棋・チェスともに、今やAIは単なる対戦相手ではなく、学習の“相棒”として広く活用されている。たとえば自分が大会などで指した棋譜(対局の記録)をAIに読み込ませれば、どこが好手でどこが悪手だったかをフィードバックしてくれる(図1・図2)。オンライン対戦アプリでは、対局終了直後にその分析を確認することが可能だ。スマートフォン一つで、世界チャンピオン以上の実力を持つAIと学習できるのだから、これを使わない手はない。

   図1 将棋対局後のAIによるフィードバック画面
      (後手番が杉田)

      

   図2 チェス対局後のAIによるフィードバック画面
      (白番が杉田)

      

 二点目について、AIは「評価値」と呼ばれる指標を提示することができる。これにより、プロやトッププレイヤーの対局で、どちらが優勢なのかが数値で可視化されるようになった。かつては将棋やチェスの観戦を楽しむにはある程度の実力や知識が求められたが、現在では初心者であっても、評価値の推移を追うことで対局を楽しむことができる。「観る将」と呼ばれる観戦専門のファン層が生まれたことも、その象徴と言えるだろう。個人的には、「評価値」の登場により観戦のハードルが下がったことで、将棋ファンのすそ野が広がったと考えている。

 2つのポイントから考えられることとしては、AIがどれだけ発達しても、人間同士が真剣勝負を繰り広げることにこそ、競技としての魅力が宿るということである。人間同士だからこそ、対局者は心理を揺さぶられ、観戦者はその棋風や人間性を味わうことができる。勝敗以上に、そこににじみ出る“人間らしさ”こそが、将棋やチェスを楽しむ醍醐味となっているのだ。

 このことは、生成AI時代における仕事や創作活動にも通じると考えられる。AIが今後ますます発達し、事務作業や分析などを代替していく中でも、仕事などのやり方や成果物に染み出る人間性は重要な価値を持ち続けるだろう。その人間性とは、経験、専門性、感性、人柄、あるいは生きざまといった、簡単には言語化できない要素の集積なのかもしれない。そして、AIをどう活用するかという姿勢にも、その人間性は表れてくるかもしれない。
 とはいえ、「人間性を高めるには何をすればよいのか?」と問われれば、明快な答えは見つからない。ChatGPTにでも尋ねてみようか……。仕事・趣味両面においてAIは私にとって不可欠なパートナーであることを改めて実感している。

※1:『佐藤名人がソフトに連敗「私にない将棋観や構想」(日刊スポーツ)』
(https://www.nikkansports.com/general/nikkan/news/1827003.html)

※2:『コンピュータ将棋年表(Qhapaq Lab)』
(https://www.qhapaq.org/shogi/shogiwiki/history/#:~:text=12%E6%9C%882%E6%97%A5)

※3:『将棋ソフトは人知を超えたのか…(TKCグループ)』
(https://www.tkc.jp/cc/senkei/201308_interview/)

※4:『The history of chess AI(PAESSLER)』
(https://blog.paessler.com/the-history-of-chess-ai)