旬の魚を食べる

2020年1月31日 / 主任研究員 奥村 令子

 「魚って最近減っているのですか?」こう質問をした私に、近所の魚屋のお兄さんは一瞬とまどいながら「いいえ」と答えました。店を出て歩く道すがら、「あんな唐突で曖昧過ぎる質問だと、答えようないな」と苦笑い。でも、昨年の師走からのここ1か月で、魚を含む水産資源や漁業について考える機会があり、思わず聞いてしまいました。

 昨年の12月下旬、関東のとある港町の漁協を訪ねました。職員の話では、10年ほど前に複数の漁協が合併したそうです。合併時に行った減資のために、組合員が亡くなって出資金の解約をする際に出資金が減額されるほか、経営状態によっては減額された金額も支払われないこともあるとのことでした。高価な特産の水産資源が有名なだけに意外な気もしましたが、船をやめる人も続いているようで、地域の人口減少と高齢化で仕方がないのだろう、とその時は思いました。

 年が明けて1月の半ば、友人のIさんに海洋汚染につながる「マイクロプラスチック」のうちの、「マイクロファイバー」の問題について話を伺おうと訪ねました(ちなみに、マイクロファイバーは、化学繊維で作られる衣類などの洗濯で発生し、下水処理場のろ過システムをくぐりぬけて海や川へ流れてしまいます)。Iさんは、サステナビリティに関わる業務に携わる傍ら、自らも海の生態系保全のNPOで活躍されています。

 そのIさんが、海洋に関してプラスチック汚染と並んで懸念しているのは、日本の水産資源についてでした。聞いていくと、世界的には「船」や「魚種」ごとに漁獲高を科学的に設定する「出口規制」を行ってきたのに対して、日本は漁期や出漁する船の数に上限をかける「入口規制」を行ってきたこと。入口規制だけでは資源管理には不十分な部分があり、乱獲が進み小さな利益の上がらない生育前の魚まで取ってしまうこと。その結果もあって、日本の水産資源は減り続けており漁業も衰退傾向にある一方、世界では水産業は成長産業であること。ようやく2018年12月、70年ぶりに漁業法の改正があり、初めて「持続可能性」という文言が書き加えられ、日本の水産資源の管理にも変化が現れるのではないかと期待されていること。いずれも、目からうろこのことばかりでした。

 この時、漁協での会話が思い出されました。漁協の経営が苦しいのは、単に地域の人口減少と高齢化によることが主因ではないと気付きました。加えて、漁業が衰退傾向にあると人材が集まらず、人口減少と高齢化をさらに進めてしまうとも思いました。そしていくつか文献をみていくと、これまで私は大きな誤解をしてきたこともわかりました。

 まず、日本は広大な排他的経済水域を持っており、国土面積の約12倍、世界第6位であるため、水産資源は豊富にあり、自給率も高いと思っていました。しかし実際の水揚げ数量は1984年の1,282万トンをピークに減少、直近の2018年では442万トンと3分の1に減っています。その背景には乱獲による水産資源の減少があると言われます。自給率は今世紀に入ってから6割弱のようで、自給率がピークであった1964年の113%から半減しています。百貨店やスーパー、まちの魚屋さんの店頭には豊富に魚が並んでいて、日本の魚が減った分、輸入で補っていることには全く思いも及びませんでした。

 水産資源の減少というと、かつてのニシンは乱獲により激減したことは知っていましたので、そうした轍を踏まないために、各地で漁師さんが保護に立ち上がっていることは知っていました。禁漁期間を設けたり、海を育てる里山の手入れをしたり、高い倫理観で取り組む事例を見聞きするにつけ、日本は資源保護のフロントランナーであるとさえ思っており、イカやサンマが獲れないという話を聞くと、その原因を近隣諸国の乱獲や地球温暖化にのみ求めていました。しかし、近隣諸国が操業しようのない瀬戸内海などでも水産資源は減っているようですし、クロマグロやウナギだけでなく、「ほとんどの魚が同時に減る」(勝川2016)状態のようです。漁獲規制をしている国々では資源量が増えていることを考えると、乱獲による影響も大きいと思わざるを得ません。

 冒頭に魚屋さんとのやり取りを紹介しましたが、日々魚を取り扱っている市場関係者でも、毎日魚と接しているので「魚が減ってる実感がない」(*)ようですし、例えばABC(生物学的許容漁獲量、Allowable Biological Catch)などといった水産資源関連の用語の認知度もあまり高くないようです(片野 2016 *原文ママ)。もしかしたら、私が尋ねた魚屋さんも実感としてわかなかったのかもしれません。

 鮪(マグロ)、鰊(ニシン)、鰻(ウナギ)…魚偏の漢字はたくさんあって、その多くが日本で作られた国字です。漁業が衰退すれば、その土地も疲弊してしまいますし、日本が育んできた文化も失われ、魚の自給率も下がってしまいます。そうした事態にならないように、漁業関係者、国や自治体、学識経験者だけでなく、私たち一人一人が日々の食事や買い物を通して、流通・小売事業者も日々の事業を通して、できることはあるはずです。このところ、ほとんどの世代で魚の消費が減ってきて、魚離れも懸念されています。まずは、産地に思いをはせながら、旬のおいしい魚を食べることから始めてはいかがでしょうか。

主要参考資料
 片野歩(2016).日本の漁業が崩壊する本当の理由 ウェッジ
 片野歩 坂口功(2019).日本の水産資源管理 慶應義塾大学出版会
 勝川俊雄(2016).魚が食べられなくなる日(小学館新書) 小学館 
 水産庁 水産物需給の動向
   https://www.jfa.maff.go.jp/j/kikaku/wpaper/h29_h/trend/1/t1_2_4_1.html
 農林水産省 海面漁業生産統計調査 全国(昭和54年~平成24年)
   http://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/kaimen_gyosei/index.html
 農林水産省 平成30年漁業・養殖業生産統計
   https://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/kaimen_gyosei/index.html