水中の主人公

2019年11月21日 / 研究員 宮本 翔太

地元の区民プールで泳いでいると、ときどき「クラッシャー」に出会う。
「クラッシャー」とは、スイマーらしい逆三角形の上半身と無駄のない筋肉質な下半身を武器に、他のスイマーを置き去りにする圧倒的なスピードで泳ぐ人のことだ。
その圧倒的なスピードは、「すごいのが来た」と区民プール内の穏やかな雰囲気を「壊す」ところから、敬意を込めて私が勝手にそう名付けた。
彼らが泳いでいる姿はカッコよく、そしてそれを羨望の目で見る他のスイマーを見ると、「クラッシャー」が輝いて見えた。
だから、かつて、私もこの「クラッシャー」のような圧倒的なスピードを獲得したいと切望していた。
しかし、週に1回しかトレーニングしない私には「クラッシャー」のスピードを手に入れることは困難であった。
自分は水泳が大好きだが、水中の主人公にはなれない。
そんな少し悲しい思いを抱きながら泳いでいた。

そんなときに出会ったのが、「レジェンド」だ。
絶対的なスピードという武器を持つ「クラッシャー」に対して、「レジェンド」の最大の武器は持久力だ。
「レジェンド」は決して止まらない。
ひたすら一定のスピードとリズムで、25mのプールを往復し続ける。
当然、泳ぎが乱れることもないので、その姿はまるでリプレイ動画を見ているかのようだ。
そして、多くの場合、彼らはベテランのご年配の方であった。
その水を知り尽くした無駄のない泳ぎに敬意を込めて、私は勝手に「レジェンド」と名付けた。
「クラッシャー」同様に、彼らの泳ぐ姿も輝いていて、水中の主人公のように思えた。
「クラッシャー」にはもうなれないかもしれないが、継続して体力づくりに取り組めば、いつか私も「レジェンド」になれるかもしれない。
そんな思いを抱きながら泳いでいると、自分自身だってきっと水中の主人公の1人なのだと思えてきた。
きっと水中の主人公は「クラッシャー」や「レジェンド」だけではない。
自分なりの目標を見つけ、それに向かって取り組む姿は誰しも輝いている。
そういう意味ではきっと誰しもが主人公なのだろう。

よく日本人は「他人の目を気にする」、「自分を他人と比較したがる」国民だと言われる。
もちろん、他人から憧れる存在になりたいとか、憧れの存在を見つけてそこに近づきたいと思う気持ちも大事だと思う。
ただ、他人の目など気にせず、自分なりの目標を見つけ、そこに向かって行動することだって同じくらい大切ではないか。
初めて水に顔をつけるところから、10m、25m泳げるようになり、タイムを計り、自己ベストを更新し…。
いろいろな目標を立て、そこに向かって自分なりに取り組むスイマーたちが集う区民プールの水中で、誰でも「主人公になれる」ことを教えてもらったような気がする。