渋谷における日本的フードホールの可能性

2018年7月18日 / 副主任研究員 菊地 幸子

 昨今のSCのトレンドに「フードホール」がある。日本では2016年頃からこの「フードホール」という言葉が使われ始めたが、その起源はイギリスとされている。直近では、2018年3月にオープンした東京ミッドタウン日比谷の「HIBIYA FOOD HALL」が記憶に新しい。
 イギリスでは、フードホールは「百貨店の食品売場」を意味すると言われている。日本でいうデパ地下に近く、形態としては飲食よりも食品小売の比重が高い。飲食コーナーは、ローカル色が強い、あるいは専門性の高い個店で構成されることが多く、いずれも食のクオリティは高い。対して、アメリカでは、フードコートや市場の飲食スペースがベースとなっているものが大半で、飲食が主体である。
 日本のフードホールでは圧倒的に飲食が主体となっており、アメリカ寄りと言えるが、その形態は実に様々であり、定義はまだまだ曖昧である。しかし、この曖昧さは負の文脈で語られる訳ではない。むしろ、流動的で日々変化していることこそが日本のフードホールの面白さではないだろうか。

 さて、大手町のオフィスビル街の地下に突然現れる「横丁」をご存じだろうか。それは「都会の横丁」をテーマに2017年2月にオープンした「よいまち」を指す。皇居の目の前に位置する高層ビルの地下フロアに広がる飲食店ゾーンである。今、大丸有エリア(大手町、丸の内、有楽町)では、オフィスワーカーのランチニーズや会社帰りの一杯、宴会や接待の場としての飲食シーンの重要性が見直され、街の魅力づけの1つとして飲食ゾーンの強化が欠かせないものとなっている。「よいまち」の開発にあたっては、既存施設との差別化を図りつつ、エリア内で共存共栄が期待できるコンセプトを練りに練った結果、「粋で情があるおとなの遊び場~ふらっと立ち寄れる大手町の路地裏~」というコンセプトが生まれたという。
 全18区画の中には、路面繁盛店が出店しやすいように敢えて他より小さい区画を設けるなどの工夫もみられる。また、全店とも間口を開放的にして一体感を創出する一方で、“横丁感”を出すために、店舗前は各店の色が出せるように一定の裁量権を与えている。店のアイコンとなる灯篭を置く店や「角打ちコーナー」と銘うった立ち飲み席を設ける店など、その表現は実に様々で、さながら路地裏の飲食店街に紛れ込んだようである。オフィスビル街だからこそ、突如現れる「横丁」が新鮮なのだろう。 
 さらに、「よいまち」の魅力を高めているのが「たまり場」の存在である。「たまり場」とは3ヵ所に点在して設けられた立ち飲みスポットであり、利用客は場所を確保したら、食べたい店の料理やドリンクをキャッシュオンスタイルで買いに行き、食べ終わった食器はセルフサービスで片付ける。まさにフードコートの気軽さで、地場の名店や全国から選りすぐった専門店のイチオシメニューを頂けるというのだ。
 このような“横丁感”こそが、日本独自で進化を遂げたフードホールではないだろうか。都市部では再開発の波を受け、どこも似たような街並みに変わりつつある中で、失われていくものへの郷愁として、人々は横丁を求めるのである。

 現在、渋谷にはこの一大潮流となりつつあるフードホールがまだない。その点においては、渋谷はこと飲食に関して他の街に遅れを取っていると言わざるを得ない。渋谷が人を惹きつける街であり続けるためには飲食ゾーンの魅力アップは必須であり、フードホールはそのマグネットにもなり得る。幸い100年に一度の大型再開発の真っただ中にある渋谷では、その機運を受け入れるには十分過ぎる土俵が用意されている。最先端の食を表現した「映える」フードホール、あるいは「東横のれん街」からの伝統を再強化したまだどこにもないフードホールという方向性も考えられる。さらには、今後渋谷は「オフィス街」という顔も強まり、大手町の例も大いに参考になる。元々渋谷は路面文化が根付いた街であり、路地裏の名店は枚挙にいとまがない。そういった知る人ぞ知る名店を「都会の横丁」という形で再構築し、広く知らしめるというのは非常に面白いし、私もぜひ見てみたい。
 日々変化する未知の可能性を秘めたフードホールを、どのような渋谷らしさを持って迎えるのか、考えるだけでワクワクが止まらない。

参考文献:「SC JAPAN TODAY 2018年5月号」一般社団法人 日本ショッピングセンター協会、特集 フードホール~SC空間の新潮流(P8~50)