研究員という仕事

2018年3月15日 / 主席研究員 丸山 秀樹

 私が研究員という仕事に就いてから、今年で30年の節目となる。研究専門分野は流通(業界)である。大学時代から流通業に興味があり、主にアルバイトはアパレル商社、スーパー、ホームセンター、メーカーの物流センターなどで、販売や店舗納品などの仕事をしていた。ゼミはマーケティングだが、当時はダイエーや西友、ニチイ、ジャスコ(AEONの前身)などの大型総合スーパー(GMS)が大躍進していた頃で、小売業の経営に関心があった。
 そんなわけで、新卒時には真剣に流通業への就職を考えていたのだが、ひょんなことで金融機関に入ってしまった。しかし、そこでの仕事は専ら他人の銭勘定という感覚で、心は沸々としたまま治まらず、結局は飛び出す結果となった。その後、はじめて研究員という仕事に就いたのは流通を専門とする研究所で、やはり自分の関心のあることを仕事にするのが一番と、妙に納得したことを覚えている。

 前置きが長くなったが、30年この仕事をしていて、「研究員に必要な資質は何か?」と問われたら、私の場合第一に「好奇心」と答える。自分の過去を振り返れば、ずっと流通業への好奇心が強かったからこそ、長年研究員を続けられたのだと思う。当然、好奇心を注げる対象は人によって違うので、研究員の専門分野はマチマチでよい。しかし、一つのことに対して好奇心が続かない人は、研究員には向いていないような気がする。
 ちなみに「好奇心」を辞書で引くと、「物事を探求しようとする根源的な心」とか、「探索行動や認知行動をおこす動機づけ」など様々解釈が載っているが、言い代えれば、‘オタク気質’かもしれない。ただし、巷のオタクと違うのは、好奇心の向かう先が単なる趣味嗜好ではなく、仕事(実益)という点であろう。私はノーベル賞研究者などとは比較の対照にならない凡人だが、彼らは偉大なるオタクだと思う。
 一方、ふつうの企業人、とくに大企業であれば、人事異動で職務内容もクルクル変わるため、むしろどんな仕事にも対応できるマルチな人のほうが重宝される。研究所というやや特殊な職場でも同じだと思うが、器用貧乏になり過ぎると研究員として専門分野を深めるのは難しいかもしれない。また、色々と新しい分野の研究にチャレンジするのは格好いいことだが、それが飽きっぽい性格から来ているとしたら問題である。広く浅い知識・スキルにとどまり、スーパーマンでもない限り一定分野でプロといえるレベルには達しないであろう。組織の中では、そこが最も難しいところでもある。
 私の場合、幸いなことに研究所という組織に属していても、業務に関してはほぼ流通関連一筋だったので、最近は学会関係者など研究仲間からも色々な質問や相談が寄せられるようになった。漸くではあるが、多少は周囲が専門家として認めてくれるようになったのだと思う。寿司職人や大工職人は一人前と認められるのに10年以上、私は30年かかった。

 第二に、好奇心を持ったら「なぜ?」を繰り返せるか。トヨタ自動車のお家芸である“カイゼン”では、「なぜ?」を5回繰り返すこと(なぜなぜ分析)によって問題の真因に辿りつき、そこではじめて本質的改善点が絞り込まれるという。研究員の仕事についても、5回がいいかどうかはわからないが、この「なぜ?」が1回や2回では表層的な研究に堕ってしまうだろう。いや、もはやそれでは研究というレベルではない。
 社会科学分野の研究やコンサルティングの一般的なワークフローは、①現状把握⇒②問題点把握⇒③課題抽出(問題点を解決する方策に関する仮説設定)⇒④実施・検証であるが、まず①⇒②の段階で真因が掴めなければ、③も的外れになり、的外れなことを実施しても仮説は検証されない。
 例えば、日本の人口減少という現状について「なぜ?」と考えたとき、「出生率の低下」という一要因だけを問題点として捉えたのでは研究とはいえない。その他にいくつも考えられる。さらに課題抽出のために、いくつもの問題点について各々「なぜ?」・・・と掘り下げていく必要がある。その場合の要因も決して一つずつではない。また、様々な要因の中でどの影響力が強いのか、考察していかなければならない。これは根気のいる作業であり、気移りしやすく飽きっぽい人、いい意味でオタクになれない人は研究員という仕事に向いていない。

 まだまだ、研究員の仕事にとって重要なコトや資質は沢山あるが、徒然なるままに綴っても、何が一番言いたいのか伝わりにくくなるので、今回はこのあたりで筆を置こう。そう、言いたいことを端的に伝えることも、研究員にとって大切だから・・・。