空き家と「民泊」

2018年4月15日 / 主任研究員 川上 剛彦

 現在、我が国の住宅ストックは6,000万戸を超え、世帯数(5,000万世帯強)を大きく上まわっています。2013年の全国の空き家率は13.5%で、7戸に1戸が空き家ということになります。空き家は今後さらに増加する見込みで、すでに社会問題化しつつあります。ここまではご存じの方も多いと思いますが、この空き家率、ちょっとした注意が必要なので、本題に入る前に少し述べておきます。
 実は、空き家率の根拠となる”空き家”には、別荘やセカンドハウス、賃貸・売却しようとしている住宅などが含まれているのです。別荘やセカンドハウスが長期間に亘って”空き家”なのはごく自然ですし、賃貸・売却しようとする住宅が”空き家”なのも普通のことです。都心部などでは後者が多いために、郊外よりも空き家率が高いことがままあります。ただ、都心部の不動産は流動性が高いので、”額面通り”に郊外と比較できるかというと、そこは注意が必要なところです。
 とまれ、全体的な傾向として空き家が増加していることは事実ですし、実際に、いかにも空き家、という家屋を目にする機会は確実に増しているように思います。
 さて、前置きはこれくらいにして、本題に移りたいと思います。空き家は、防災、防犯・治安、景観・環境、コミュニティの活力、といった観点から問題となっており、その解決には、(空き家の)除却と活用という、大きく分けて2つの方法が考えられます。いずれも法制度の見直しを含めた抜本的な対策を要しますが、それについては別の機会に譲るとして、今回は、空き家の有効活用策としても着目されつつある「民泊」を取り上げます。
 結論からいうと、「民泊」の普及には大賛成です。空き家問題に対する有効な方策のひとつだと考えています。ただし、しっかりとしたルールづくりと近隣住民も含めた関係者の理解や同意が必須――という条件付きでの肯定です。
 実は筆者自身、かなり前になりますが、「民泊」で不快な思いをしたことがあります。それは自宅マンションでのこと。ある借家人が、該室の所有者に無断で転貸し、転借人が勝手に「民泊」を始めたのです。管理規約はもとより、旅館業法(無許可営業)や建築基準法(用途制限違反)、民法(転貸制限違反)など法律にも抵触する行為でしたが、当時は「民泊」の違法性を示す判例もなく、非常に曖昧な位置づけだったのです。
 毎週末、ドンチャン騒ぎをしたり、見慣れない部外者が頻繁に出入りするようになりました。彼らの多くは外国人のようでした。また、「民泊」の室と間違えて他の家を訪ねてくることもしばしばで、なかにはドア越しに中を窺ったり、ドアレバーをガチャガチャと動かしたりするケースもみられました。
 我々住民は、静かな生活環境が大きく棄損・浸食されていく危機感を抱きました。見知らぬ来訪者の何人かを引き留めて訊ねてみると、彼らは何の悪気もなく、単に「民泊」(実際には某民泊マッチングサービスの名称)を利用しているだけだと答えました。生活習慣の違いからか、大声で話すことも、夜中にスーツケースをゴロゴロと転がすことも、パーティーで騒ぐことも、日本の社会常識に反することだとは思っていない様子でした。もちろん、転借人が無断で勝手にやっていることだとは知る由もなく、自分達が住民達から疎まれていることなどまったく知りません。決して迷惑をかけに来たわけではなく、日本旅行を楽しみに来た彼らにとっても、不幸なことだったのです。
 管理組合は所有者と連携して事に当たり、賃借人ならびに転借人の退去により、なんとか決着をみました。その後、管理組合規約の改定を実施し、「民泊」の禁止を明示したほか、売買・賃貸時の留意点の厳格化などをはかり、現在に至っています。住宅街にある当マンションでは近隣の環境もふまえ「民泊」をしない、させないと決めました。
 この例は、結果的にスッキリと解決したため、幸運なケースだったのかも知れません。なかには「民泊」によってもっともっと不快な思いをするケースや、「民泊」に利用される部屋が多すぎて事実上対応不可能なマンションもあると聞きます。それまでになかった新しいサービスがすでに顕在化してしまっている状態に、法整備が全く追いつかないことから起こった悲劇です。紙面を賑わす仮想通貨の問題にも同様の構造が見てとれます。
 人口減少が進展し、空き家が増えていくなかで、「民泊」は空き家の有効活用につながるうえ、増加する訪日外国人の受入機能としてもますます重要性が増していくことでしょう。それは数にも表れており、東京都内(ほとんどは23区内)にはすでに2万戸近い「民泊」物件があるといいます。
 しかし、我々日本人はもとより、訪日外国人も含め、お互いに気持ちよく共存できないようでは意味がありません。生まれも育ちも、文化や習慣までもが違う者同士が、快適に共存していくには、配慮し合い、理解しようとする姿勢に加え、やはりなんらかのルール(規範)も必要になってくるのではないでしょうか。
 いよいよこの6月にいわゆる「民泊新法」が施行されます。こうした法制度と、それを補完する運用ルールの整備、継続的見直しにより、悪質・非合法なものが自ずと淘汰され、優良な「民泊(事業者)」だけが残ってゆく。こうした健全な市場環境を創造していくことが、「民泊」普及の大前提です。それなくして、「民泊」が空き家問題の解決に資することは、決してないでしょう。