米国のインド太平洋戦略

2022年7月7日 / 主席研究員 丸山 秀樹

 2022年5月24日、東京で日米豪印のQUAD首脳会談が開催され、インド太平洋地域の今後に向けた共同声明が発出された。今、当該地域は米国と中国という大国同士の覇権争いに揺れ、さらには台湾有事が懸念されている。本稿では日本の同盟国である米国の「インド太平洋戦略」について、政治・経済と安全保障の面から当該地域を重要視したオバマ政権以降の戦略について概観する。

■オバマ政権(2009年1月20日~2017年1月20日)
 冷戦終結とこれに続くポスト冷戦期にわたる時期において、米国のアジア太平洋政策は一応の方向性を描きつつも、政権が替わるたびに戦略の一貫性を欠いたまま混迷をみせていた。しかし、オバマ政権に至ると自国を「太平洋国家」として位置づけ、対外政策の重心をアジア太平洋に移行する「リバランス政策」が提唱された。これはアジア太平洋地域における米国の軍事的プレゼンスの維持、貿易や投資の拡大、さらには地域の多国間の枠組みへの積極的な関与や、国際ルールに基づく地域秩序の主導を目指した包括的な戦略である。そして、軍事的、経済的に台頭する中国に対して、インドの発展可能性が米国にとって戦略的に重要であること、さらにアジアの中の「リバランシング」とも表現される対東南アジア政策の見直しを図ることが目的であった。
 しかし、第2期オバマ政権時になると、総じてイラン核問題やシリア内戦、イスラム国(ISIL)、そして欧州の難民問題への対応等に大きなエネルギーを割かれるようになる。また、米国はこれまでにアジア全域を包摂する統合的政策を策定した経験もなく、「インド太平洋」の重要性が認識にとどまり、オペレーショナルな施策には深化していかない可能性が懸念されるようになった。
 こうした状況下、リバランス政策の中核的存在として地域の新たな経済秩序の枠組みになるはずだった環太平洋パートナーシップ協定(TPP:Trans-Pacific Partnership Agreement)も、2015 年に大筋合意に至ったにもかかわらずオバマ大統領の任期中には批准されず、2017年のトランプ政権の誕生直後に永久離脱という事態となった。

■トランプ政権(2017年1月20日~2021年1月20日)
 「米国第一主義」を掲げるトランプ政権は、大統領就
任後、早速TPP協定から離脱したが、2017年12月に公表した「国家安全保障戦略」(NSS:National Security Strategy)においては、中国が米国の影響力や利益に挑戦する「修正主義勢力」であるとして、過去20年間の関与政策を変更する必要があることを表明した。さらに、2018 年1月に公表した「国家防衛戦略」(NDS:National Defense Strategy)では、「中国が南シナ海の軍事拠点化やインド太平洋地域における覇権の確立を通じ、将来的に地球規模で米国の主導的地位に代わろうとしている」として強い警戒感を示している。
 他方、米国は日本の安倍政権のもとで進められていた「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP:Free and Open Indo-Pacific)に関心を示し、日米が揃って推進する環境が整っていく。FOIPはインド太平洋地域全体の平和と繁栄を保障し、いずれの国にも安定と繁栄をもたらすために、ASEANの中心性・一体性を重視し、包括的かつ透明性のある方法で、ルールに基づく国際秩序の確保を通じて、自由で開かれたインド太平洋地域を「国際公共財」として発展させるという構想である。
 マイク・ポンペイオ国務長官は、2018年7月になると国務省の考えるFOIPについての演説を行い、FOIPの定義を明確化した。まず、「自由」とはどの国も他国に強制されることなく主権を維持できること、そして国内においてガバナンスが維持され、人民が基本的な権利と自由を謳歌(おうか)できることなどを重視する姿勢が示された。「開かれた」とは、すべての国家に海洋の自由が保障され、紛争が平和的に解決されること、公平で相互的な貿易関係および連結性を意味する。
 同年10月にワシントンで演説したマイク・ペンス副大統領は、中国の「一帯一路」が債務のわなを引き起こしていると批判し、中国との対抗姿勢を明確にするなかで、「一帯一路」に対抗してFOIPを推進すると表明した。
 そして、トランプ政権からバイデン政権への交代を直前にした2021年1月12日、米政府は安全保障面でのインド太平洋戦略に関する内部文書を公表した。この文書は「インド太平洋における米国の戦略的枠組み」のタイトルで、2018年2月にトランプ政権が承認し、米国にとってのインド太平洋地域での課題や、取り組むべき事項が列記されている。

■ バイデン政権(2021年1月20日~)
 バイデン政権は、インド太平洋地域の国々との連携を重視しており、2022年2月に発表した「インド太平洋戦略」に加え、さかのぼる2021年10月に発表された「インド太平洋経済枠組み」(IPEF:Indo-Pacific Economic Framework)や、日米豪印の枠組みであるQUAD(Quadrilateral Security Dialogue)との連携に意欲を示している。

〇インド太平洋戦略
 本戦略はインド太平洋地域で影響力拡大を図る中国に対抗して、米国による関与の強化を示すものとなっている。今後10年間の米国の取り組みは、インド太平洋および世界に恩恵をもたらしてきた規則や規範が中国によって変更されるかどうかを左右するとし、バイデン政権は、同盟国、パートナー国、地域機関とともに、次の5つの目的を追求していくことを明らかにした。
 ① 自由で開かれたインド太平洋(FOIP)の推進
 ② 地域内外における連携の構築
 ③ 地域の繁栄の促進
 ④ インド太平洋における安全保障の強化
 ⑤ 国境を越えた脅威に対する地域の回復力の構築

〇インド太平洋経済枠組み(IPEF)
 経済に関しては、インド太平洋戦略の公表に先立つ2021年10月の時点でIPEFが発表されており、そこで取り組むべき具体的課題については、米国通商代表部年次報告のなかで、以下の4つの柱が示されている。
 ① 公正で強靱(きょうじん)な貿易
 ② サプライチェーンの強靱性
 ③ インフラ、脱炭素、クリーンエネルギー
 ④ 税と腐敗防止
 IPEFは、今後それぞれの分野で政府間協定を結ぶ交渉が始められる見込みで、分野ごとに参加国は異なる。参加国が原則同一の条件を受け入れる自由貿易協定(FTA)や経済連携協定(EPA)などに比べると、かなり緩い連携の枠組みとなることが予想される。
 この枠組みでは、貿易促進やデジタル分野、気候変動対策などの幅広い分野で話し合い、米台間の既存の協議を格上げする方向で経済関係の強化を図る。また、行政規制や農業、業界標準をめぐる協力強化も検討されているが、米国の最大の関心は半導体のサプライチェーンにあるとみられる。

〇QUAD
 日本がホストとなって行われた5月のQUAD首脳会談の成果について、米ハドソン研究所はつぎのように分析している。
 「安全保障面では、会談後の声明に『武力による威嚇または武力の行使や現状を変更しようとするいかなる一方的な試みに訴えることなく、紛争を平和的に解決すること』を追求すると明記していること。また、人道支援・災害救援、海洋状況把握、宇宙分野などを念頭においた各種協力についても合意している。
 経済面での成果は、QUADに参加する日米豪印の4か国すべてが、実質的に中国対策の要であるIPEFの創設に向けた協議に参加することで合意したこと。
 今回の合意内容は国際的なルールに関する協力、経済分野の協力、そして安全保障分野における協力など、すべてにおいて合意されており分野が拡大している。ここから、QUADは確実に育っていると評価できるだろう。
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