DXは「破壊的イノベーション」?  ―通勤鉄道と都心オフィスが駆逐される?-

2020年8月26日 / 主席研究員 太田 雅文

「破壊的イノベーション」という言葉をご存じでしょうか? 既存事業の秩序を破壊し、業界構造を劇的に変化させるイノベーションのことです。デジタルカメラの出現により写真のフィルムが無くなってしまったことは典型的な事例としてよく語られています。今回のコロナ禍の時期に余儀なくさせられてしまった在宅勤務が実は意外と良いじゃない?満員電車乗らないで済むし、子育てや介護しながら仕事もできるし…などポジティブな評価もあるようです。このコラムでは、これを支えたオンラインデジタルコミュニケーション(Zoomとかteamsとかいろいろありますが)に焦点を当ててみましょう。もしかしたら「DX(デジタルトランスフォーメーション)」と呼ばれるこの日進月歩の技術が通勤鉄道や都心のオフィスを市場から駆逐してしまう破壊的なイノベーションなのでは?というやや穏やかではないテーマかもしれませんが、書いてみました。

図をもって説明します。仮にオフィスワーカーの7割が在宅勤務となったとしましょう。今回の緊急事態宣言下におけるテレワーク利用比率である34.5%(2020年5月~6月 内閣府調べhttps://www5.cao.go.jp/keizai2/manzoku/pdf/shiryo2.pdf)の約2倍、出勤日数にすると週に1、2日です。このような時代はすぐには来ないかもしれませんので図では「2050年頃」としましたが、今回の在宅勤務への市場の評価が高ければもっと早くにやって来るかもしれません。

まず鉄道への影響について見てみましょう。国土交通省が個人の1日における移動状況を把握する「パーソントリップ調査」を5年ごとに行っていますが、最新の2015年の調査によると三大都市圏鉄道利用者における目的別トリップ(※1)比率は、①通勤+通学+業務が36%、②私事21%、③帰宅43%、合計100%となっています。サラリーマンの一日を例にすると、朝会社に行き(通勤)、打合せで外出し(業務)、就業後飲み会に行き(私事)、帰宅する(帰宅)で4トリップです。オンライン技術革新の影響を考えた場合、③の帰宅は①と重複するので無視すると、①と②の比率はほぼ1.5:1、つまり全体の「6割のトリップ」が影響を受けそうです。ただし鉄道による通勤者の全てがオフィスワーカーではありません。在宅勤務可能者の比率を特定するのは容易ではありませんが、仮に鉄道通勤者の2/3が在宅勤務可能であるとしたときにはその6割がオンライン技術革新の影響を受けるので、結果として鉄道通勤者全体の4割が対象になります。さらにこのうちの7割が在宅勤務をするという仮定ですので、40%×0.7=28%すなわちだいたい3割が鉄道輸送人員・運賃収入減になると試算できます(通勤付帯の私事すなわち買物や会食の減もありそうですが、ここでは無視しました)。

次にオフィス市場です。大手オフィス家具メーカーのイトーキの「ワークプレイスデータブック」(https://www.itoki.jp/solution/databook/)を見ると、オフィスにおける執務空間の割合はだいたい7割(執務室64%、役員専用6%)、あとの3割は業務支援(19%)、生活支援(5%)、情報管理(4%)となっており、社員同士の交流等に使われる空間です。7割が在宅勤務であれば執務空間は現在の3割でよいことになりますので、70%×0.3=21%、ただしソーシャルディスタンスを取るために1人あたりスペースを1.2倍にすれば21%×1.2=25%になります。一方交流等の空間は、滅多に出てこない社員同士のリアルコミュニケーションで「serendipity(偶然出会う幸運)効果」を発揮させなければなりませんから今以上に充実すべきです。そこでここでは1.5倍、すなわち30%×1.5=45%になると考えます。この場合のオフィス需要は現在の25%+45%=70%、こちらも3割減です。

在宅勤務とはいえ、気晴らしのため外出することもあるでしょうし、どこかのシェアオフィスで働くこともあるかもしれません。オフィス床も外資の参入やスタートアップ企業の成長といった需要の増加要素も考えられます。ただ、全体の流れとして「働く」という行為が都心から郊外ににじみだしていきそうだ、ということは明らかです。

また、もう一つ注目すべきは郊外よりさらに外の遠郊外、地方都市、リゾートでのワーケーションのようなものです。実際、前述の内閣府が行った調査では地方都市移住への関心の増加割合が15%もありした。ただし住民基本台帳上の人口は減っても在宅勤務者増により総消費時間は増えそうです。従って遠郊外や地方都市、リゾート地にとっては大きなチャンスがやってきたと言えるでしょう。仮に地方都市移住への関心の増加割合である15%の1/5の3%が実際に東京圏から地方に移住した場合、東京圏人口35百万人×3%=1百万人もの人が移住することになり、大きな可能性を感じます。そしてこのような人々の中には、都心部で狭くてもいいからもう1つの住居を持つことを考える人もいるでしょう。都心オフィス市場の減退は明らかですが、逆に住宅市場は拡大するかもしれません。

このようにDXによって今よりもバランスが取れた自律分散型・多極型の都市構造に導くことができそうです。この破壊的イノベーションは、多少は既存事業に痛みを与えるかもしれません。しかしながらこれを乗り切れれば本来目指すべき世の中を実現することができ、かつ新しいビジネスチャンスを開拓できる「絶好機」がこのコロナ禍によりやって来た、と見るべきかと思います。皆様のお考えはいかがでしょうか?

 

※1 トリップ…個人が目的をもってある地点からある地点へ移動する単位。

なお1回の移動で複数の交通手段を使っても「1トリップ」と数える