8段階の外交表現

2022年6月13日 / 主席研究員 丸山 秀樹

外交上において、国家が自国内や他国に対して自らの意思を伝えるとき、末尾に「懸念」、「憂慮」、「遺憾」、「非難」といった言葉が用いられているのをニュース等でよく見かけると思う。これらの表現例は、相手を批判する場合に用いられるものであるが、その時々の状況に応じて適当に発せられているわけではない。日本の場合、8段階の外交表現(外交プロトコル)を基本として批判の度合いを示し、相手国や国際社会に対して自国の立場を明確化している。ちなみに、アメリカでは5段階の批判表現を使用している。

では、近年の事例で具体的にどんな状況のとき、どのレベルの表現が使われているのかをいくつか見てみよう。
《懸念》
2021年4月27日、閣議で茂木敏充外相は2021年版外交青書を報告した。その中で、東・南シナ海での中国による領土拡張的な動きについて「日本を含む地域と国際社会の安全保障上の強い懸念」と明記。20年版では「地域・国際社会共通の懸念事項」としており、「懸念」から「強い懸念」へと踏み込んだ表現で危機感を示した。
中国の人権問題に関する記述も表現を強め、香港統制を強化する国家安全維持法制定について「日本を含む国際社会からたびたび重大な懸念が示された」と言及。新疆ウイグル自治区の状況に関しては「深刻に懸念している。自由、基本的人権の尊重、法の支配が中国でも保障されることが重要だ」と訴えた。ただし、欧米諸国がウイグルの人権弾圧を「ジェノサイド(民族大量虐殺)」という強い言葉で批判したのに対して、『深刻な懸念』というのは、中国への配慮をにじませており、かなりの温度差が感じられる。

《憂慮》
ロシアによるウクライナ侵攻前の2022年2月8日、衆議院は本会議で、「ウクライナ情勢を深く憂慮する」として状況改善を求める決議を自民、公明両党や立憲民主、日本維新の会、国民民主、共産各党などの賛成多数で可決した。
決議では「ウクライナ国境付近の情勢は国外勢力の動向によって不安定化」していると指摘し、「力による現状変更は断じて容認できない」と批判した。ただし、周辺に部隊を集結させるロシアへの名指しは避けた。日本政府に対しては、「あらゆる外交資源を駆使して、緊張状態の緩和と速やかな平和の実現に全力を尽くすことを強く要請する」とした。

《遺憾》
ウクライナ侵攻後の2022年3月8日、ロシア政府が前日に発表した「非友好国リスト」に日本が含まれたことをめぐり、松野官房長官は「ロシアが日本を非友好国とし、日本の国民や企業に不利益が及ぶ可能性のある措置を公表したことは遺憾であり、抗議した」と述べた。一方、日本政府は追加制裁として、ロシアのペスコフ大統領報道官や、ベラルーシのルカシェンコ大統領の家族など、両国の政府関係者ら32人と12団体の資産を凍結すると発表したほか、ロシア向け石油精製装置の輸出禁止などもあわせて決めた。

《非難》
欧米や日本によるロシアへの経済制裁が強化された後の2022年3月23日、ロシアは日本への対抗措置として、北方領土問題を含む平和条約交渉を停止すると発表した。これに対し、岸田首相は「極めて不当で断じて受け入れらないと強く非難」した。また、「今回の事態(ウクライナ戦争)は、すべてロシアによるウクライナ侵略に起因して発生しているものであり、それを日ロ関係に転嫁しようとする今般のロシア側の対応は、極めて不当であり、断じて受け入れることができず、強く抗議をする」と述べた。
『非難』という直截的表現が用いられるのは、日本のみならず国際的にみても最大レベルの批判であり、さらに岸田首相の言葉の中には「極めて不当」、「断じて受け入れることができず」、「強く抗議する」という表現まで含まれている。

国際社会において緊張関係の高まりや紛争が起こるなか、このような外交表現を知っておくことで、それを発した国の批判度合いがわかるだけでなく、同じ事象に対する他国の表現と比較することで国家間の温度差がつかめることがある。さらに、継続的に繰り返される外国の一定の行動に対して、時間の経過とともに批判度合いが強まったりするので、ニュースの見方、読み方も変わってくるであろう。

【参考】
https://special.sankei.com/
https://www.jiji.com/ 2021.04.27
https://www.yomiuri.co.jp/ 2022.02.08
https://www.fnn.jp/ 2022.03.08 2022.03.23